ふでのゆくまま
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隣の芝は美しく輝く
所用で役所にいったら開いてなかった。
とても天気がよいのでそのまま散歩して買い物して帰る、寂しいおっさんの休日である。どこに迷い込んでも帰れはするけど、知ってる道などありゃあせん。暮らしている街のご近所と言っても、普段歩く道は決まっているわけで、一本外れてふらふらと迷い込んでみれば、物珍しいものばかりがならんでいる。どこにでもある交通標識ですら異国情緒を放つといったあんばいだ。空は青い。素晴らしく長閑で、役所が閉まっていたいらいらも溶けていくというもの。切り抜くように硬質な白いプラントが、力強く視界に入ってきた。不躾な。
しかしこれはもしや?
仕事帰りの電車の中から、中空に灯る赤い灯りが、不自然な場所に見える。あの辺りにそんな建物あったかと思っって昼に見ると確かに大きな大きな建物が見えた。電車の中からではそれはだいぶ薄汚れて見えたが、こうして目の前で見上げてみると、空の青さに負けない潔白である。グーグルマップで調べたら、どうも横河電機の建物であるようだ。休日ながらも勤務している社員の人はたくさんいるようで、お昼どきのせいもあって人通りが多い。警備の人もこちらを伺っているので退散。
の道すがら、
不意にサッカーコートが目に入った。何か試合をしているので見物。地元の学校かな、なんて思ったんだけど、フィールドの脇ではトレーナーと選手がトレーニングしてるし、ライン際ではでっかいカメラ抱えた女性が写真撮ってる。プレイヤーもみんな大人だ。草サッカーにしては本格的だし、イベントにしては客もいない。しばらくゲームを眺めながらぐるぐると場所移動してると、YOKOGAWAの文字が芝生に白くかかれていた。社会人サッカーかな?
鳴り物もなく、実に静かである。ボールの音と、選手の声が響く。長閑だ。長閑、という情景が大好きだ。しかしサッカーって実際はこんな叫んで指示を出しながらプレイしているもんなんだな。実に緊迫感があり、輝く芝生の上で神事でも催されているような、厳かな雰囲気すら感じられる。こういうグラウンドレベルでみるのは高校のとき以来なので、つい長居して、前半の終わりの笛とともに帰路についた。餃子と除湿材とか買う。家で調べてみると、さっきのは横河電機のJFLのチームのようだった。
絆創膏が切れたので買う。年に一枚も使わねーだろって前に買ったときに思った気がする。以前買ったのは何枚入りだったんだろ。→二年前だったわ。。。https://blog.mogari.jp/archives/978
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「闇金ウシジマ君 27巻」と「鬼灯の冷徹 8巻」
こちら間もなく発売の「闇金ウシジマ君」最新刊をアマゾンで予約ぽちっと。
続きまして発売されたての「鬼灯の冷徹」もお買い上げぽちっと。店で買ったほうがはええわ、寄り道してくるか。
いやまー単純に面白いってことで読んでおります。前もどっかで書いたか、長い話がダメで。ストーリー把握するのが面倒くさい。小説、漫画。映画もやたら登場人物多いのダメだわ。漫画は読み返して把握するのが簡単だから助かるけどねー。映画もDVDだと戻せてよいけど、映画館だとそれもできないんで足が遠のく、というか15年以上いってない。家でいいわ。
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コートのボタンを付けるにも大騒ぎでありますね。他人の技量をお金で買ってボタンは復活致しました。これだから独り身は、なんていうところだけど、厚手のコートのボタンなんてご家庭の裁縫でさっくりとできるものなんかな。自分でも裁縫セット引っ張り出して試してはみたんだが、生地が厚くて針の出所がわからず大変怖い。やってみたけど、とてもボタンなど付けれる精度で往復できませんでした。それ以前に針が錆びてる。だめぽー。
雪の予報がありまして、想定よりかは少ない降雪量であったことに憤りを感じた人がいるらしい。はあ。良かったじゃないですか、雪が少なくて。予報が外れて怒るってなんだ、予言とか予知とか本気で信じている人たちか?大丈夫か。
いわんとすることは、大雪と聞いたからもろもろ備えたのが無駄になった、みたいな言い分だと想像できる。阿呆だ。震災後買いだめした非常食料のメンテもしてねえだろ。備えは大事だとか言ってなかったか?どうなの?「まあ大丈夫だろう、念のための避難も面倒だ」という人が津波で亡くなった方々の中にいたはずなんだよ。
それにしてもあの日。降りる人を通すため一旦電車の外に出たら、自分乗れなかった。みんな殺気立ちもするわな。一時間早く出る積もりで、一時間半早く起きて、外を見たら雪が降ってなかったので二度寝して普通の時間に起きて。飯食いながら運行を確認したら関東全域全線で七割程度の運転だってww 大急ぎで家を出て、もみくちゃもされつつ、まあ普通のように出社できた。まさに「備えるべし」であるな(´・ω・`)
何に備えるって「定時出社」に備えるってのが、ま、くだらないなーって思いますけどねええええ。苦言を言うにもこなしてからだぜ。
ははっ。
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あけちゃった
喪中に付き謹賀の祝辞は辞退の由。
2012年はうんぬん、というのを書きそびれてしまったけど、一昨年のインパクトがありすぎて呆けたよな一年だった。そんな人多いんじゃないですかね。ま、平常運転の一年でした、ということに幸せはあるわけです。事故も怪我もなかった・・・。しかしながら理念は叶わず、改善もあんまり(´・ω・`)ダメダメでしたね2012年も、はー残念と。
プライベートでは残念なことがみっつほどあったがもうよろしい。買い物はそんな失敗してねえかな。スチールラックとお布団、あとドイツのamazonさんから取り寄せたDVDが素晴らしかった。これは確か書いたな。
んでは本年も頑張って参りましょ。みなさまよろしゅうお願い致します。
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wheel goes alone
いつもの通りにフラフラと出勤の途。歩み一つとってもダメ人間であるのがバレるというのは心許ないもんだけど、世間様は咎めるに値せずと見ている。身なりだけは油断してませんよと訴えたいが、防寒用のマスクが上下逆さまだった。あああああダメだーーーーーー。
という、
不吉な予感に、自動ドアに一瞬写る自分の姿を必死でチェック。まあコートを着込んだ男性の場合そこまでアクシデントもないもんだが。例えば社会の窓が開いていたりしても見えなかったりする。アレはまた、開いてないかなとチェックする仕草も滑稽なんだよなー。女子にはわかりますかーーー。そいえば、何年か前に顔に米粒つけながら出勤したことがあった。ああいうのは当人が気付いたあとのリアクションが面白い、そうでしょう、自分が見知らぬ他人のそんなサマを見つけたら気付くかな、気付くかな?ってチラチラ見てしまう。業ってやつですよ。嫌味もなく伝えることができればな、とは思うが伝えたあとどうすんだ、とかもまた頭をよぎる。
人間としての勇気。
あの玄関ドアの側に車椅子が置いてある。スポーティといえばよいのかな、障害者のトライアスロンとかで使われてそうな、軽そうなデザインの、多分折りたためるんだろう。あれは見たことがある。たまに、この先の、駅まで続く道、車道を走って颯爽と人々を追い抜いていくあの車椅子を何となくかっけえって思った。一人で暮らしているのだろうか。どうやって乗るんだろか。興味を持つとなんか通る度に見てしまう。何度か通り過ぎたあと、ドアが開いて乗り込むところに遭遇した。「あいてっ」と小さくつぶやくのが聞こえた。あの段差どうやって降りるのかな、なんて通りすぎた後もチラチラ振り返ると、なんのことはない、勢いよく道路に出てきて、お構いなしだった。そういうもんなのか・・・。
んじゃ俺も元気良くいくかーってなりますよねー。つうところで、翌朝腰を痛めてはうううう。腰をかばう歩み一つとってもダメ人間であることが—-。
うるせえよ。クソが。