「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観た

心に静かに刺さった。

しずしずと進む物語は、多くの人が人生で一度は経験しそうな面倒な事態。おっさんになった自分にはウッっと来るものが多かったです…。こういうものを淡々と捌ける人って本当に尊敬する。自分はキレて投げ出すが、前のめり過ぎて後味の悪い結果になるだけ。でも、淡々に見えて、その人の、その人なりの事情が裏にあって、それを乗り越えているわけで、乗り越えられなかった人もいるわけで…。

ネタバレのないレビューを心がけると、こいう映画はもう書くことないですね。敢えて言うなら、土地の名前が何個か会話で出てきますけど、その位置関係というか地図上のイメージがないのでそこがのめり込めないところだった。結構物語のキーの一つではあるのだが。何よりまずこの映画のタイトルが実在の地名なので、興味をお持ちであれば事前にgoolemapで訪れてみても良いかもしれません。

全編通してゆるやかに目頭を濡らしながら見ておりました。実に良作で御座いました。静かな休日にどうぞ。

……なお、ネタ的には、主役の人のwebサイトが10年停止しており、「イイ感じ」になっています。本人作とかなんでしょうか。

「The Bank Job」を観た

実話(を基にした)作品。

今時も「貸金庫」ってサービスは存在するのでしょうか。手元に置けない貴重品を預けておくようなものですね。現金だってまるっきり預けているんだから、その他貴重品を預けたって自然な話です。ググるといっぱいサービスを提供している銀行はあった。考えてみればこれはネット銀行にはできないサービスだなって思うが、一方、銀行って形態での営業に付随する必要が全くないとも思う。値段も個人で利用するには安くはないと思うし、平日は夜19:00までとか利便性は低い。こりゃあだめだ、自分は使う気にならない。少なくとも家からそう遠くなくて、24時間いつでも使えないとそんなに大事なものを預けようという気にはならない。

で。そういう貸金庫が強盗に襲われたのだけど強盗の手に渡った物品の中にはなんと…!という映画です。元ネタになった実際の事件に於いて、興味深いエピソードが一つ。窃盗の被害に遭ったものを特定する為に、警察が貸金庫のユーザーに内容物の情報提示を求めたところ、結構な人がそれを拒否したというのです。このエピソード自体は実話そのもの。一体ナニを預けていたのですか、英国紳士と英国貴婦人のみなさま。そして王室の…?^^

映画の時代(元ネタの実話が1971年)より未来へ旅すること45年、富める者がその財産を守ることは簡単になったでしょうか、難しくなったでしょうか。この現代に、自分の”持ち物”に責任を負うことが出来ますか…。貴方が盗まれたと気付いた時には取り戻す手段もない。人生において自分が本当に守るべきものとは…。2018年のみなさま?^^

映画自体はぼちぼち面白かったです。分りやすい陰謀に分りやすく対峙する。分りやすいピンチを分りやすく間一髪。個人的には実話のえげつなさに気圧されたままに見ましたが、可もなく不可もなく驚愕も退屈もなく。

毎年言わないと気が済まない

この季節が一番良い。梅雨になる前の、爽やかな青空が僅かばかり続く日々。他にそういう天気が続くことぐらいあるではないか、とは異なことを申される。GWがあるではないですか。まあ、今年は特に連休っぽいイベントなし。

とはいえずっと寝たりインターネッツしたりするわけもなく、初日午前にお出かけ。雨降っていたから傘持って出発、電車降りたら快晴とかそんな感じ。昼過ぎには戻って、午後からもう一ヵ所…というところで、気力が萎えて部屋の掃除など始める。

新しい”生活”になって一カ月過ぎた。起床時間、降りる駅、挨拶する相手も一緒で何も新しくはないのだが…。せめてこれが良い判断だったと思える積極的な材料が欲しい。今のところ無難に過ぎたなあという印象で、ネガティブな要素はまだ無くなり切ってはない。具体的に書けないけど書けないあたりの事情がネガティブなんだわ。あーあ。

「Grizzly Man」を観た

これはお勧め。具体的にネタバレしますが、10年以上も前のマイナーなドキュメンタリーだし良いよね?

環境保護に入れ込んでしまった人たち、そんな中でよく見かけるのがスラングで言えばイタイ人。ああいう人たちは、熱心さを超えて狂気を帯びてくるようなこともある。捕鯨船に薬品バケツぶん投げたとかなかったっけ。そういう一人の男性のドキュメンタリー。彼が言う、政府は敵だ俺こそがクマを守り愛する者だとかいうくだりで完全にドン・キホーテ的な。滑稽に映ってしまう。遠慮なく言えば不快感を覚えた。この反応のほうが多数だと思う。だってこれじゃあ…。

彼はいかにも話題になりそうな、皮肉の効いた事故で逝去する。さらりとその辺が語られると、まずはプロの方々の意見が実に適切に淡々と続く。単に”事故死”したというだけで、彼の行いが何もかも否定されるものではないだろう。全てが誤りだったとなるわけはない。それでも、彼の遺した映像から、徐々に聞くに堪えない狭窄した罵詈雑言とネガティブな感情が飛び出してくるにつれ、視聴者は彼を憐れむことが難しくなる。

しかし一方、動物たちに猫なで声で挨拶したりする。この声色変えて様子を伺うのが、もはや気色悪い。自撮りの映像に残すために何か、いわゆる「録れ高」を積み重ねている、という事情を鑑みても、どこか病んでいるなあと映る。当然ながら動物に挨拶など伝わってはいない。とは言え、まじめに取り組んでいるだけに、気恥ずかしい。彼はあろうことか、自然に手を加え始める。熊の餌が足りないと言えば川の流れを作りサケを呼び込もうとする。雨が少なければ神を罵る。これらの行為には不快に思う人も多かろう。

イライラを募らせながら、なんというか…人は分別を持つべきだと思えた。生き物とはわかり合えないし、神にもなれない。強くてかっこいいクマの友達になんてなれない。あんたはエサだ。彼の死後に識者から寄せられたコメントは如何にも、と納得できるものばかりだ。「彼は熊を毛皮の着ぐるみを着た人間として扱おうとした」「彼は人間と熊の、7000年間守られたテリトリーを踏み越えた」彼は自身に陶酔していたんだろう。

世界を変えるのはこういうタイプだという事はできる。偉大な科学者のエピソードなど拝読すれば、気が触れていると思われるようなものもある。結果、何かを為し得て、それで許されというか。彼もそんなところにいようとした。ところが彼の遺した映像の全てがこのドキュメンタリーで出てくるわけではないが、少なくともこのドキュメンタリーで引用されいる部分には、彼が具体的になにを為し得て熊(と狐)を守ったというのか、一切出てこない。人間相手ならただのストーカーだ。愛してる。友達だ。俺が守る。みんな敵だ。これで愛したと言えるのは、動物は彼に不平を言わないからではないのか。これじゃあ相手はジュースの自販機でもいっしょじゃないか。

例えば戦争映画や犯罪ドキュメントなどでは現れてこない、人間の魂に満ち満ちてはやがて穏やかに滴るダークサイドを、まざまざと見た心地になる。彼がああいうふうに死んだからこそ作品たり得る構成ではあるものの、良いドキュメントだ。しかし検死官の人眼力あるなー。彼だけ本職の俳優さんじゃないのか。

ダメなところ

洗濯が終わって中身を引っ張りだしたらハンガーにつるされたTシャツが出てきた。なんと便利な。これがAI、叡智と慈愛のパロディ。

ハンガーが割れるとかなら兎も角、洗濯機本体が壊れたら洒落にならないし、よくぞ無事で出てきた。いくら俺でもハンガーに吊るしたまま放り込むことはない…と信じたい。物干し竿に吊るしていたのが、そのままスコンと蓋を開けた洗濯機に落ちたんだ。自分の洗濯物しかないから、うっかりなにかが紛れ込むなんて想定してない。洗濯始めにあたっては何のチェックもしていない。むしろ脱ぐときにだけど、スーツ姿で仕事していると、シャツの胸ぐらいしか気を付けるものはない。帰宅すれば財布とスマホはお決まりの場所に置く。

このお決まりの場所に置く、が出来ない性質。いろいろなものを手に取り、放し、いろいろやっていると、必ず何かがどこかに放置される。これはマズイというのは流石に分かっているので気を付けてはいるが、気を付ける必要も薄い自室ではよくやらかすんだ。歩いて十歩の生活空間のどこにスマホは旅立ったのか。あまりうろうろしていると踏んでしまったりしないか。

スーツから脱ぐときには特定の場所に一旦置く、が身についたつもりでいる。鍵を開ける、部屋に入る、靴を脱ぐ、アレはここに、アレはここに、部屋着に着替える。しかし休日に着替え工程をすっ飛ばしてガサツな料理と部屋掃除などしている時は、その最後のタスクはスマホ探しになることすらある。

だったらハンガーごと洗濯機に放り込むぐらいやるんじゃないですかー?

自分など信じるに値しない。そう思うようになってから、このテのやらかしは減った。ところがこんなことが起こって動転してブログに書いた。まあ良く失火もせずに暮らしている。車の運転は東京に住んでいる間はまあしないのでご安心。