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濡れ手にfake plastic feather
普段は物寂しい、駅のしょぼくれたほうの改札口へと続く道が、大賑わいを見せる。所々に和装の若人を認め、花火大会だなあと察する。駅のホームもごった返し、仕事を終えてくたびれたおっさんは、せっかく早く帰れるのになあ、とやや不満を抱き、それでも精一杯邪魔にならぬように縮こまって電車を待つ。はよ来いやー。臨時増員されたであろう警備員も世話しなく、「危険ですから下がってください!」の声も当然普段より迫力を増し、それを各所の警備員がみんなバラバラのタイミングで叫ぶものだからもはや怒号のような状態となり、ヒステリックな近代のまつりごと、その一つのk
!?
最初は屋台で買ったおもちゃか何かかと思った。決まって女性だけが、同じようなものを手にもって歩いている。数名が同じように通り過ぎ、その都度ちらりちらりと眺めると、どうやらそれが手持ち扇風機だと分かったときはホッとした。だってなんかこう、一瞬卑猥なアイテムに見えt
\お巡りさんこっちです/
その日は無事に帰宅。その日は、じゃねえよ今後も無事だ。特に若い女性が多く使っているというのは、どーーーーせ人気の芸能人あたりが使い始めたんだろう。浴衣を着て花火を見に行くのに手元にアレをもつのは風情がねえなあ…そら涼しいだろうけど。いやー駄目だダメだ。若者の流行りにおっさんの美意識ぶつけるとか、自分が若いころに黙れよおっさんとか思っていた、そのままの構図じゃないか。同じことしてみれば良いのだ、Amazonさんにいつものようにオーダーを…うーん。しかし万が一おっさんが手に持って卑猥に見えたら身柄拘束免れないのでありました。いやいやきっと大丈夫。あの手元で顔に向けている扇風機が日本の永遠の詩情を振りまいているのでありますよ?あのイーハトーヴォのすきとおった風が扇風機からぶいーん。
勿論冗談で言っておりまして、実際に卑猥に見える可能性はございません。
手持ち扇風機が夏の日差しですくすく育つと、一週間で脱皮してサーキュレータと呼ばれるものになる。この便利さ。単にiPhoneのサイズを調整しただけ、なんて揶揄されたiPadが、使ってみればずいぶん便利だと気付かされた事例を思い起こす。つまり人の暮らしにおいては、風が欲しいタイミングとアングルには案外バリエーションがある。風の発生源を調整したいと思えば、移動が楽だったり、設置場所に困らないほうが都合がよかったのだ。
凄絶な日差しがやってきた休日、パイプ枕をざぶざぶと洗った。風呂に湯を張り枕をざんぶと沈めまして、沈めまして、沈め、沈まねえなこいつ。ぷかぷか浮かんでいる上から重曹パウダーを振りまきーの。ごみ袋からペットボトルを呼び戻して水を詰め、重しに。五本目で沈んだ。かるく混ぜて小一時間後、お湯の汚れにoh…となりながらすすいで、直射日光ぶち当たりの物干しに…吊るすとどこかからビリっと破けそうな気がした。やめとこう。カラーボックスをひっくり返してその上に乗せ、手すりの角を利用して原始的なかまどのような風通しを確保。サーキュレータを置いてななめ下から全力送風。
ところがここで…。洗う時に参照したwebサイトに、「一週間ぐらいかけて乾かす」とか狂気じみたことが書いてある。考えてみれば、細かなプラスチックの集まりに蒸発という作用があるかと言われれば、ないのかな?それでもド直射日光、サーキュレータの風もあるし大丈夫かなと二時間ほどそうして干していた。状態を確認する。手で触れると風の当たる面だけ乾いた感じがあるが、中身をごそごそ混ぜてみればじっとり濡れているパイプが出てくる。これは困った。洗濯ネットに入れて洗濯機で脱水と思いつくも、この枕は洗濯ネットの倍ぐらいのサイズがある。一か八か、このまま脱水。もし中で弾けたらどうなるか考えると体感温度が下がって大変によろしいですねヒャッホウしかしながら「一週間かける」という狂気に比べればうおおおおドゴゴゴゴゴゴゴンンンンン。怖くて30秒ほどで出してみたが、じっとりとしたままだ。
農作物を乾かすがごとく、広いスペースにぶちまけて乾かすのが一番早そうだけど、もちろんそんなスペースがあるわけもなく、科学の力に縋るとしよう。プラズマクラスターさんを風呂へ勧請。枕の中身を3割ほどバケツに移し、少々乾燥しやすい感じにする。全力の除湿運転をしてもらいつつ、枕とバケツを風呂に放置。
すること3時間。乾きやがった!
でもバケツのほうは手を突っ込むと水気があり、手にパイプが大量に引っ付いてしまった。濡れ手にプラ。枕の中身の乾いたパイプをいったん45Lのごみ袋にざざざと投入。次にバケツの中のじめじめパイプを枕に入れて、再度全力の除湿運転をすること小一時間、見事に乾く。すごいな。その夜は、小ぎれいになった枕で夏空の夢を見よう。今年も夏休みはないfuck。
…寝入る前に屋外に放置されたサーキュレーターに気づいて回収。夜空に風を送り続けては、うちゅうのほうそくが乱れてしまう。またある人の詠める
ほし仰ぎ 二羽で扇がば にわか凪 そら乗りせむと 濡れ筒枕
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「ゆかいないきもの図鑑」と「図解 なんかへんな生きもの」を読んだ
Amazonプライム無料枠で、kindleアプリで拝読。
動物のユニークな蘊蓄が満載で、とてもお得感のあるイラスト書籍。 所々に挟まれるジョーク小ネタも面白い。 大人が読んでも驚くべきエピソードも多く、話のタネにもってこい…ただ、一般的には初めて聞く動物の名前も多いと思われ、肝心の動物の名前が思い出せないなんてことになると思う。…ま、そんな実用性の心配は兎も角、ぼさーっと風呂やトイレで読んだり、おやすみ前にオフトゥンの中で読むのによい。へー!すげー!っていう…なんでも驚いていた子供のころを思い出す。。。
ところが、実際に小学生ぐらいの子供にはそこまでウケないと思う。確かにかわいい動物のイラスト集ではあるものの、これは添えられたエピソードがメインディッシュ。そのエピソードをいじるジョークと文体が、いかにもおとな向けなんだよね。漫画やmemeから拾ってきたと思しきネタとか多めなの。でも、逆にこういう本を楽しめる子供は賢い子というのが自分の考え方です。どうでしょうか。
どうでしょうじゃねえよ。
ウワーッ
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もっと強く叩いて
以前、藤浪晋太郎投手の話題を書いた。制球に難があり、剛速球投手なのでデッドボールで大きな怪我を負いかねないと判断した相手チームは、その対策に比較的リスクの少ないと思われる左バッターばかりを揃えたという話。
その藤浪投手が一軍の試合に登場した。その結果がやっふーのニュースに載っていた。褒められるような結果ではなかったようだし、懸念されたデッドボールも二回。自分はこれといって野球ファンではないけれど、この件については今後も興味をもって追っかけるつもり(よーは単なる野次馬なんだけども)
ルールに何か追加されることがあるのかどうか。どうせ悲劇的な事故が起きるまでは何も変わらない。そして実際に何かが起こり、また後手に回った結果おおごとになってしまった!と騒ぎになる。その責任?というか原因?を単に荒れ球の剛速球投手というだけで個人に負わせてしまうようなことが、由とされるようではそれもおかしくないか?えらい人たちは何をやっているのかと。でもだからってどうすんだよこれ。自分だったらどうするか、まったく正解がわからない。だからこそ、興味津々野次馬をしていくつもり。ポジティブな文脈にねじ込むなら、規格外の選手の登場や、プレーの発明でルールによるコントロールがされるパターンになるのかな。危険球一発退場だって最初は「あぶねーなあ」ぐらいで済ましてたかもしれないし。
ブレーキとアクセルの踏み間違いだって、スマホ見ながら運転だって、「あぶねーなあ」で済ませていたんだ。
スマホ見ながらの運転は厳罰化が進む一方で、自動運転技術も徐々に徐々に現実味を帯びつつあり、どうにか合理的な着地点をけんけんぱと飛びながら一息つける場所へ進んでいる感じがあり。一方で高齢者の事故に関しては昨今のドライブレコーダーやスマホの普及により、事故とは至らぬまでも危ない運転が多数ネット上でも見ることができる。幅が広めの歩道を爆走する軽乗用車を老齢のご婦人が運転している動画など、本気で恐ろしい。
免許の更新をしたのだが、ビデオに免許返納制度についての場面もあった。返し渋る人もいるだろうけど、一度話し合ってくださいね、というような話だった…と思う。話し合いで済むのもあと何年だろう。免許更新ごとに実際の運転をするとか、何かテストをするとかいうような処置が一番交通安全の理に適っていると思う。自分のようなペーパードライバーでは、一定の割合で更新できなくなるような人も出てくるかね。自分も落ちそう。
業務上過失致死傷とか言われるけど、この業務っていうのは仕事中という意味ではなく、日常的にその行為を行う人が守るべき基準とかそんな意味でありまして(詳しく知りたい人はググろう)「これは致し方ないですね」で許されるかどうかの基準が厳しくなるとか、だったかなあ…。免許をもって公道を車で走ろうってんならば、そら、てくてくと歩く以上に過失なくやっていただく必要がありますよ、と。そこに老人だからまあしょうがないよね、という発想には至りにくいと想像する。科学的というか医学的というか、生物の摂理で言うなら、何かを見落とすも間違うもしょうがないのだけど、結果自分に突撃してくる可能性があるわけだ。
遺族の方が、事故を起こした運転者に厳罰を求める署名を行っているらしい。池袋の事故の件だけど、まだ何の判決も出てないよな?というかそもそも刑事告訴されたっけ??一体なんだこの署名活動??痛ましい事故だったのは理解するけど、みんなでお願いお願いと言って簡単に量刑が変わるようでは世も末なのか、はたまた何か新たなものごとの始まりなのか。まあ現状前者だわ。個人的には、プリウスが悪いってトヨタに
デッドボール石つぶて投げる署名ならまだ納得がいく。でもそんなものならもう、投げられ続けている筈。ではここで自動運転でTOYOTAが一発逆転ホームラン打つようなことが…あるかなあ。自動運転に必要な技術のもろもろはまだ日本企業がトップ集団走っていると思ってるんですけどね。冷蔵庫を新調しようとしたら、配送は一週間先だと。長年お世話になった冷蔵庫様、最後の一週間は供養のつもりで何か特別なものでも冷蔵しようかしらん。財布とか。そしたら銀行のキャッシュカードとか残高一億倍にならねえかなー。
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「little forest 夏 秋」を観た
若い女性が農作業をするお話。ときおり思い出小話を挟みながら、地方の山ん中のくらし。説明がしにくいが、造りとしては料理漫画に近い?バックグラウンド的な情報は作中でされるので、置いてけぼりな感じはない。ドキュメンタリーでもないので、ただ作業を追うだけでもなく。
日本の田舎って、こういう景色。日本国の国土の比率でいうと、(もちろん領海を除いて)山と林がいっぱいあるけど、人が住んでいる田舎となると、山というよりは木の生えた小高い丘。その谷間谷間に農地があり、集落がある。道はそれなりに整備されていて、ずっとずっと山のほうに行くと、あるタイミングですうっと人家はなくなり、上り続ければ道の左右はいつしか崖や森になる。場所によっては冬には通れない。
イカス商店だ。つげ義春の世界。「ジュスはわずか80円であります。」映画のレビューについてはこれ以上特に語るような事も無い。ちょっとストリートビューの世界でうろうろしていきなせ。
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昨今の餌事情
サーターアンダギーというものを買ってみた。三個入り。出来立て!とポップ付きで店頭に置いてある。手に取ると、確かにけっこう暖かい。ずんぐりと丸く、大きなおかきみたいな見た目だ。持つと見た目よりも、ずっしりと重みがある。これが豊穣ということよ、おほほほほ、ホクホク満足してお買い上げ。帰宅し、存分に鑑賞して、写真に収め、そっと押し入れに格納。
直ちに取り出してガブガブと食いついてみたところ、ただもっちり油っぽく甘い揚げ小麦粉であった。これは…ホットケーキミックスを思い出した。あれで作った、ボテっと油に放り込んだもの、カーチャンが号してドーナツ。あれと同じ感じ。正直に言って期待ほどおいしく頂けたとは言い難い。これは水分が少なくじっくり揚げてあるので保存が効くらしい。まー育ち盛りの小僧のおやつだなあ。おっさんのお昼ごはんじゃないわ。いわんや夕の膳をや。
ではクジラはどうだろう。
結構な距離を歩いて雨のお散歩としゃれこむ。太陽が出てこねえんだからヤケではある。普通歩かないよ、という距離を経て、うっかり「プロの店」食材店を見つける…。珍しくメインお財布を持っていた。一名様ご案内。肉肉デカい調味料魚肉飲み物。ヒラマサが一匹デンっとおいてあったり、なかなか迫力がある。アブラカレイのエンガワを発見してカゴに放り込む、と、別の列、真っ赤なサクが目についた。白い粒が特徴的。アイスランド産、ミンククジラ。クジラ肉といえば子供のころはボチボチ食べたはずだ。ステーキのような食べ方だったと思う。ああ、そうだそうだ、祖父が好きだった。
こいつがなんと、美味しくなかったので気落ちしてしまう。レバーに近い。またはブリなどの血合いの塊とか?苦手な食い物やんけ!小さいサクを、半分はソテーしてお醤油で。いまいちなので塩コショウ。ううむ、残り半分を天ぷらに。これは「めしにしましょう!」という漫画に描いてあって是非ともやってみたいと思っていたんだけど…しかしそもそもクジラ肉のサイズが小さすぎたか、せっかくの天ぷらでもサクサクジューシーな感じがなかった。それこそ漁港など、キロ売りしているようなところで、でっかいのを買う機会があればまた同じことを試す気にもなるけども、もう一度同じこれを食おうという気には…。あるいはクジラ料理の店でもいってみるか?
エンガワもそれ自体はまずまず美味しかったが、そのまま食っても普通の白飯にはそんな合うわけもねえっつの。寿司だと一番好きなんだが、まるで駄目だ。やはりちゃんとしたシャリと握りじゃないとダメなんだねえ。…普通の白飯?おお、そういえば、
少し前に、
ご飯に混ぜて炊くと麦飯になる、というものご存じかしら。麦の押しつぶして乾燥したようなのが、スティック状に小分けされて売られておりました。試したところ、確かにほんのり白米とは違った風味が混じり、プリプリした食感は魅力的なものでありました。…ではこの麦だけで炊いたら?スティック三本ほど普通に炊飯器に投入。水加減は邇邇芸命と心を通わせて計り、炊飯ボタンをぽちっと。……。ミラクルが起こって上手に炊けたのですが、予想通りに予想通りで面白くもない。ぽいと放り込んでかみしめると、ずーっと口の中にスフィアを感じる。そしてこの味わいは麦の味、ということの筈なんだけど、小麦粉とは違うし。なんと書き記したもんかね。ところで…これはどう頂くのが一番うまいのだろうか。麦飯の食文化にでも詳しいサイトあるやろか、なんて考えてつつも箸は止まらず、結局は納豆とザーサイとでわしわしと全部平らげた。
あっ…!?白米を頂く時の擬音は「わしわし」が作法に則ったものだが、麦飯はどうだろうか。白米に比べて粘り気がなく、各々の粒がくっついていない。形は先に述べたように、白米よりは球にちかい。やや茶色いか。もう一つ、侍と百姓なんて時代を描いた映画や漫画を見ると、どうも白米100%の飯というのは贅沢であったかのようなイメージがある。しゃーないので雑穀を足して食う。その中に麦がある、というイメージがある。であれば、「わしわし」のように続々と口腔に押し寄せる豊穣の白い波という連想はややそぐわないのではないか。もう少しこう、食事をハードコアに切り取った視点の擬音になるべきだ。楽にならざりぢっと椀を見るような…。実に難しい。
ムギ難題。
ホットサンドメーカーというものを、買…おうとしてやめた。食パンに何か挟んで焼いて封をする。実にお弁当に都合が良さそうに思えるが、そうして焼いたパンからぼろぼろ零れるであらうパンくず。惜しいなあ、職場にもってくお弁当に向かない。どーせ冷まして持っていくことになるしなあ。自分の事だから、焼いたホッケやサバ、美味いという実績のある納豆、さらには酢豚とかレトルトのハヤシライス(のソース)なんてものも挟んでみようとするだろう。うう…楽しい…。やはり買いたくなってきた気がするが、もう一周冷静に考えると、一回やったら満足して終わりじゃないか…プライムデーのセールも過ぎたというに…。いやでも、いやいやしかし。これはおかしい、おかしいぞ。なんでこないにあんな焼き鏝セットみたいなもんに惹かれるのか…。こ…これは…孔明の罠だ!退けっ!退けっ!買いませんでした。
饅頭というものは、孔明が南蛮制圧の折に行った儀式だかパフォーマンスがもとになっているという逸話がある。肉か何かで人の頭を模したものを川に流したなんたら。包んで蒸して封をする。蒸す、という調理は一人暮らしのおっさんではなかなか実践する人、おるまい。多量のお湯と、高熱の湯気が籠るだけの大きな鍋や、ちゃんとしたせいろが要る。あるいは最近のレンジだとできたりするんですかねそういうの。これはパンで挟んで焼くよりも調理技術の介入度が高そうだ。自分には作るのは無理だけども、試せと言われれば、焼いたホッケやサバ、納豆、酢豚やハヤシライス、クジラ肉にエンガワ、サーターアンダギー及び麦まで包んでみようとするだろう。麦まん。かじったら麦飯が出てくる。ハードコア。あゝ、コンビニにはおいてない。
ライ麦ってどういうのだろう。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」なのだから、れっきとした種であると思う。ググってみると、確かに「ライ」という植物に日本では麦とつけて呼ばう、というような情報が出てきた。映画の題名であるからして「らいむぎばたけ」で語呂が良いわけだ。途中で面白くなくなって、読まずに捨てちゃったんだよな。じゃあ今度はライのほうを食ってみてはどうだろうか。こちらもググると、想定通りではあるんだけど、パンと焼き菓子ばかりだ。作れるわけないよねーなにがハードコアだボケ。って…ぼんやりクックパッドのサイトを眺めていると「ライ麦パン」という文字の並びに、何故か見覚えがある気がした。「ライ麦畑でつかまえて」以外にライ麦なんて聞いたことがないと思っていた。もう一回ググったったら、別名「黒パン」とあって、ああ、給食の時に嫌いだったあれだと。給食に出てきたパンはなんであんなに不味かったのだろう。家庭で美味いパンを食っていたような記憶もないけど、パンが嫌いということも無かった筈だ。食わず嫌いではなく、あの、給食に出てきたパンは実際に不味かったのだろうと思う。ライ麦パンに限らず、なんでも給食に出たパンは好かなかった記憶がある。砂糖まぶした揚げパンでも、そんなテンションの上がるガキではなかったと思う。何かトラウマでもあるのか。当時も今も、牛乳が好かないのも、何かあるのか。給食になにかったのか。大人になって、嫌いな食べ物が減ることは良くあると思うけど、自分は減る一方で、増えてもいる。親が言うにはたまごかけご飯とか大好きだったらしいけど、今では生卵どころか、半熟も口にしない。無理だもん。いつからだ?何があった?宿命か、あるいはまた、孔明の。
食わずぎライムギ難題。
2点。