ふでのゆくまま

もだんらいふ

娘さんはキャリーで荷物を引っ張っており、それを目印によちよちと小鴨の如くに歩くは白髪の老婆。和やかに町並みを説明などしており、へえ、はあ、あらー、といちいち驚く様は、やはり地方から出てきた御母堂であろうか・・・。特に急いでいたわけでもなく、何よりも妙に頭痛を感じていたので、自分もまた二人のうしろをよちよちと歩いていたのでありました。ついついコンビニにまで着いてきてしまったがな。む。

体調不良には果物とポカリスウェット。蜜柑ゼリーと一リットルのポカリを持って、レジに行くとまた彼女らの後ろに並ぶことになった。娘、お会計一緒で、という。母、あああ、自分の分は払うよ、という。娘、suicaで、という。母、細かいのあるよ、といって財布をごそごそ。娘、タッチ。店員、ありがとうございましたー。母、ぽかーん。

うううむ、そりゃあそうだ。このやりとりを見て、ひとしきり和んだというわけなんだけど。むかしむかし、初めて貨幣のやり取りを体験した時の人も、こんなんだったのかなーって。「え?相手に物渡してないけどいいの?」みたいな。その貨幣すら取り出さなくなりました。いずれ貨幣の現物などなくなるんだろう。ありえなくはないよ、実際にもう証券は現物がなくなりゆくんだから。

例えばみんなが「これは通貨だ。1000円という単位のものだ。」と従うからその効力がある。つまりその貨幣を価値として受け取る人が居る。通貨の偽造は犯罪だが、もし、自分が独立国家を作ったとしよう!貨幣を発行し、外国・・・まあ日本でいいのだけど、自国通貨で取引を望むとする。「500LAで米3トン輸入したいっす」だれも売ってはくれないだろう・・・。貨幣とは、国家の信頼と統制、国民の調和と知性を示すものだ。その貨幣が使えなくなった時には・・・・。

御母堂。我々の世界は「内側」へと急速に収斂しているのだよ。鍵の内側、理解不能な言語の部屋。

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