こんな足でも歩けない筈はない

出勤先が変わる。劇的に変わる。出社したらまずエアロックルームで防護服になる必要がある。この季節、汗だくで出勤して、えーと。流石に嘘ですよ。

今までは駅からすぐだったのが、駅から徒歩15分以上という場所になる。劇的!!勿論しんどいのだが、まあ音を上げるほどでもない…と思いたい…。改札を出てから勤務先までの天気なんて、ここ何年も気にしなかったのに、かなり重要だ。台風の日とかどうしたらええねん。電車に乗っている時間も少し伸びる。通勤時間の伸びにより、一日の時間が少なくなる。だから、例えば電車に居る間に今までは家でやっていたようなことをする必要がある。これは必須だ。一日が今までより短くなるんだ。さあ何をしよう。

ところが…どう考えても通勤中に掃除洗濯調理ができるわけではない。電車の中からスマホなどでできることで、毎日毎日のタスクを減らせる工夫が、案外思いつかない。もちろん、何一つなかったわけではないけど、そんなのは大体は現時点でもやっているような事である。改めて考え直してみれば当たり前の話だ。なんせ生活自体がそこまで変わるわけではないのだ。ただ、おはようございまっすーって挨拶する場所が変わるだけなんだ。つうとますます一日の時間が減ったぶんだけ、ますますただの損だ。畜生め。

幸い、通勤電車の中では、ぎっちっぎちに詰められる区間が殆どない。なにかドキュメントを読むのには問題ない。当面はまじめにお勉強でもするか、という感じだ。ではここを変えるか。ようやっと電子書籍的なものに気が向く。…向かない。普通にスマホで用足りてます…。

何かを改善しないと損しかしないのに、今現状から改善するようなものが見つからない。追いつめられた実業家のようだ。現状に一切の不満がないとか、理想的に生きているとは程遠いのに、だ。

ほぼずっと座っているだけの仕事だから、強制的に歩く距離が伸びることによる運動不足の(少しだけの)解消は、それ自体はかなりポジティブな要素だ。そこだけか。本当にそこだけだな。しかしそれこそここ数年で、変える必要がありながらも変えれなかったことの一つ。このポジティブ要素だけに縋って今後も頑張ろう。今のお客様にお世話になる限りはたぶんずっとそこに出勤する。取引先某国に飛ばされなかっただけマシと思おう。しかし何よりも、違うお客様との取引で生活できる方法も模索しねえとな。

靴をどうしようかね。スーツ姿にスニーカー、案外見かけるし、ちょうど靴の買い替えを考えていた時期ではある。歩きやすさを志向したビジネスシューズなんてものもあるなあ。機能的な靴を得ねば。

変化の嚆矢として、全く興味が無くて読んだ事のないいわゆるビジネス雑誌を買ったら、40代のサバイバルと銘打って、新入社員の研修パンフレットみたいな事が書いてあって脱力する。宴会の作法とか明るい表情での返事がどうたらってマジかお前。日経アソシエイト、マジかお前。東京には焚書する場所もない。

もろもろポジティブ過ぎて忙しいです。ケツからため息がでました。ぷぅうう。うんこうんこ。

刃牙道->最終巻->読者層->圧倒的->低評価->大団円

タイトルはちょうど三文字区切りになったので並べて遊んだ。

実際に刃牙道22巻の評価をご覧になってはいかがかと思います。レビューなどそこまでアテにはしない性質ですが、自分も実際に読んで呆れたので、低評価は納得です。最低評価の「☆1」が7割近いです。真っ当な商品でこれは凄いことです。真っ当な商品というのは、印刷がおかしくて読めないとか返品対象ではなく、商品としてちゃんとしているのでクレーム入れて返品とかできないもの。商品として毀損無く販売できるもの。

つまり作品の内容だけで低評価が7割。

これ、雑誌の連載なんですよね。だから、最終話はそれ単体で読んだ人がそこそこ存在する筈です。どう思った事でしょう…単なる次作の構想メモみたいな内容でした。予告ですらない。次回作、読もうという気にならないなあ。どーせ、ノミノスクネが花山薫の血縁とかそんな話。

あ、大団円って作中の話ではなく、読者みんなで( ゚Д゚)ハァ?って顔をしているってほどの意味です。

アンソニー・ボーデイン氏の訃報

お気に入りの書籍に、「キッチン・コンフィデンシャル」がある。めんどくせえ人生の困難に、ゴリゴリと立ち向かっていく印象だった。ああ、細かい内容はもう覚えていない。若い男の、人生のモチベーションっつうやつ?読み直そう。

No Reservationsもとても面白い。世界を旅して飯を食う。単にうめえ店で食って終わり、じゃなく、ちゃんと「会話」があったり、放映向けの「冒険」があったりする。そこいらの露店で現地のシェフと飯を食う。なんならご家庭にお邪魔する。また一方で、高級店にも訪れる。たしか東京ではすきやばし次郎に行っていたような記憶がある。日本人だって訪れないまま死ぬ人が殆どのお店じゃねえか。チキショー。

残念なことに、ホテルの自室で首を吊って自殺したそうだ。この手の訃報が届くたびに、人は、他人の心の中まではわからないものだ、と噛みしめる事になる。ご冥福。

迷いない日々

非常用リュックを整理すると、賞味期限が三日ほど過ぎたマヨネーズが出てきた。ま…まあこれをすぐ使っても健康上に問題ないのは間違いない…はず…。これでは非常用の備えとはし難いので、新しいのを買ってきて交換する(A) ここに都合三本のマヨネーズがあるというのは私の人生において初の位相となる。では、まずその賞味期限の切れたマヨネーズ(B)を使ってしまおうと思えども、三本目たる既に現在使いかけのが一本(C)あって、さてどちらを先に消費するかという問題ですが、先に使いかけのもの(C)を使い切る選択をし、無事使い切った現在その賞味期限切れマヨネーズ(B)の発掘から実に一カ月とちょっとが経過。見た目に異変はないが果たして口に入れて平気かと。マヨネーズなんてそんな急激に減らないからなあ。まあポテトサラダでも作ればよかったんだけども。

ポ テ ト サ ラ (D) !!

2年ぐらい作ってないかもしれない。うーん、良くない食品だ。しかし頭の中のイメージがイメージをうをういいううじょい。賞味期限が一カ月すぎたマヨネーズ(B)はこれで消費してしまうことにする。勿論事前に調べた。インターネットにその知恵を求めたところ、たぶん食っても大丈夫だとゆーことだ。では、調子に乗ってがっつりつくってモリモリ食うことにする。一気に消費してしまえ。祭りだ祭りだ。それでも一応、食材を買いに行く前に、一口ペロッと舐めてみる(B) 味に異変はない。びびって、小一時間ほど家で様子を見て、体調は問題なさそう。深く深呼吸。

まあそこまでして食うなという話。

ポテトサラダは下手すれば一日分のカロリーを一食で取るので危険だ。素人が適当に作ったポテトサラダなんて時間たつと美味しくないし、美味そうな湯気が漂っているうちに、食っちゃえーとなる。温もりの残っているうちなら本当に美味いんだ。さて材料。玉ねぎは家にあった。スライスし、水につけて材料を買いに行く。おなかの調子もだいじょうぶだ。きゅうり、じゃがいも、人参(買ったのに入れるの忘れた)卵、かまぼこ、ついでにその他もお買い上げしまして帰宅。

きゅうりをスライスし、塩振ってしばし放置。卵を5つほどホクホクに茹でて、剥いておく。かまぼこスライス。玉ねぎも水からあげて、塩振ってもみもみ。強く握って絞る。しんなりしたきゅうりは超全力で握って絞る。うおおおお。じゃがもを鍋に入るだけ入れて水差して30分ぐらい茹でる。茹で上がったら指先を水で冷やしながら素手にて皮剥きの気合、元の鍋に戻してマヨネーズ(B)ぶっかけながら潰す。ゆで卵をぶっこんで狂乱しながらしゃもじで突き崩し、キュウリ玉ねぎかまぼこを投入。錯乱しつつ撹拌して、塩胡椒を強めに効かせて鍋から直接、だいどこで立ったままハフハフ食う。マヨネーズ(B)が常温だからハフハフで食える。ちなみにジャガイモは中サイズ6つ。若いころは全部食えたけど、老いましたね、たったまま半分ぐらいまで減らして一旦休憩。流石に器に移して続きを食う。また小一時間の休憩して、完食。兎に角満腹になった。

鍋の周りに飛び散ったゆで卵などを掃除し、賞味期限の切れたマヨネーズはまだ残り半分。流石にもうマヨいなく捨てた。このテンションの上がりようはどうしたことか、一緒にあたりめでも買ってくればチューブ一つのマヨネーズを一日で消費した可能性まである。ねえよ。

桜が散るに任せた、花見にもいかないある美しい休日でございました―――。などと〆まで書いていたら、お披露目するにあたってもう梅雨が間近ということです。マヨネーズ(A)を次に交換するときには、またポテトサラダを食いましょう。