• ふでのゆくまま

    しょうがつならしょうがない

    そして年明け三が日は事件満載で、華やいだ気勢を削がれてあばばばば人もあるかもしれない。しかし東京であれば、そんな慌てた素振りをしたのは商店主やイベント興行主ぐらいなもんかしらん。もちろん身内が巻き込まれた人とかは、また別の感情がありましょう。私は状況を眺めたぐらいのもんでして。

    こんな時に、陰謀論を語るやつ、意味不明な文脈で政治家に文句をつけるやつが沸く。雨後の筍か。311の地震から13年過ぎて、当時よりもこのような非常時に流れてくる情報の絶対量はとても大きく増えたと思う。それに伴って、悪意を伴って情報を流すやつらとかも増えてしまった印象が強い。このタイミングではtwitterに限って言えば買収騒動云々を原因に挙げる人もいるかもしれない。我々が必要とする情報や参照すべき情報はいつどこの災害でも大差ないと思う。正確な事実、根拠のある警告…云々。そんな中で、このようなスパムは本当に目障りでしかない。

    素人が、現地まで支援物資を届けに行くという。目立ちたいだけだろうなあ。あるはもっと苛烈な企みごとがある。こういう行動は、現地までの道路に渋滞を引き起こして本格的な救援を邪魔して、迷惑になるだけと言う批判の声が多い。これはその通りかと思う。現地からも、言葉を選ばずに言えば邪魔になるんで来ないでくれ、という要望が公式に出ているのに押しかけるのは横暴だ。道路が復旧してからも支援は必要だろうから、その時に行けば良いのかもしれない。あるいは今、自衛隊に物資を託すような方法があればそれも良いんじゃないかね。

    東京で起こる震災はもっと酷い状況になる。いくらなんでも被災者の数が多すぎるだろう。安全にとどまれる場所も少ない。そして、そんな地震がいつか起こる確率は100%だ。これは地球の仕組みなんだからある時を境に地震がなくなるなんて可能性は、無いと思う。そんなことは行政も各家庭も存じ上げてますので、それなりに準備がある。備えがあるとはいえど、不安がなくなることなどない。これなら大丈夫、こうなったらダメ、と命の皮算用しておくのがせめてもの人間らしさか。

    そうだ、元日には早朝から散歩して、酒を飲むのだ。コンビニにあるようなものを、公園のベンチとかでぐびっと。初詣の帰りだとかの人を眺めながら、静かに一人で呑む。ZIMAが製造されなくなってしまって、スミノフアイスが定番なんだが、今年は売ってなかった。年に一回限りの飲酒習慣になってから何年目でしょうか。10年前は月に一回はカクヤスでモヒートとかカンパリとか買っていたもんだ。今回は代わりにチューハイを買ったが外で飲む気にならず、家に持って帰るも「こういうことじゃないんだよ…」と気分が乗らず。結局呑んだ。寝たり掃除したり映画見たりゲームしたりして、地震が起こった。

    翌日、飛行機が衝突した。翌日、電車で刃傷沙汰。あーあ。

    つまり正月はそんなことを考えて過ごしておりました。これじゃニュース追っかけてただけに見えますが、流石にそんなことはなくて。でも、まあ…石を売るような心持ちです。おわかりか。人間はため息で毛繕いする。

    QOLという言い回しは世に定着しているんでしょうか。ネットスラングの類じゃないかと思っていますが。Quality of Lifeと綴ればそれは祖語のない言い回しにも思える。英国人に通じますか?ちょっと日用品を買い足してQOLの底上げを試みました。

    お魚焼きに便利なグリルパン。安物。詳細はめし短観にて後ほどご報告。鏡のうろこ取り。そーっと擦るやつ。重曹ととかクエン酸とかでもイマイチだった汚れが大体取れた。これなら、このまま放っておいても転居して出ていく前にやればいいや。マグネットで風呂の壁に張り付く風呂桶。便利だけどマグネットがこすれると黒い帯の汚れがべったりと壁についてしまう。これはいまいちか。

    包丁を買おうとして、いまいち選びきれずに自重。ちゃんと焼の入った鋼のやつにして、研ぎ石も買ってメンテして…が一番本格っぽいが、最初からちゃんと研げるようになるのお?ずーーーーっと数千円のやつ使っては捨てて、とやっている。

    キーボードを掃除できるスライム。まだ使ってない。

    ユニクロで冬物。極暖ヒートテックを非常時のストック箱に詰め込む。そういう想定なら、登山用の汗をかいても大丈夫なものがより良い選択肢だと後で知る。フリースも2着。薄手と厚手。7~8年着て生地がペラペラになったモコモコパーカーと交換で、冬の部屋着で寝間着だ。ただ、もこもこフリースは水仕事と相性良くない。エプロンと言うか割烹着代わりのパーカーに今後もお世話になる。

    他にも勢いでいろいろお買い求めしそうになるのを思いとどまり。

    今年もやっていきましょう。

  • どくしょかんそうぶん

    「私はあなたのニグロではない」を観た

    マルコムXやキング牧師と共にアメリカにおける黒人の権利問題で活動した作家、ジェイムズ・ボールドウィンの発言や著作をもとに構成されたドキュメンタリー。作中にも本人の当時の映像がふんだんに使われているが、既に故人であり、ナレーションは俳優のサミュエルジャクソンが担当している。

    ざっくりと言って、問題はアメリカ国民にあるという訴えだ。「そりゃそうだろ」で話が終わってしまう。終わって良いんじゃない?

    以上です。

    えーと。

    実際のところ、黒人の公民権運動については、KKKのいで立ちだとか、暴動の動画ぐらいが正直なイメージだ。テキストには淡々と時系列ぐらいしか書いてないが、I have a dreamの演説だけで一瞬で世の中が変わったなんて事はないのだろう。実際には揉みくちゃになりながら現在地まで進んできたと想像する。そういう道のりの途中、当時のアメリカの揉みくちゃ具合が少々伺い知れるのではないかなと思う。

    当時、一部の人々だけが異常に黒人にヘイトを向けていたのではなかったと思う。社会の制度が平等を拒んでいたという認識だ。黒人用のバスだとか、具体的に差別をしていたと認識している。このあたりはwikipediaをつっつけば幾らでも情報が出てきそうだ。本作ではボリュームは大きくないかもしれないが、当時実際に白人たちと並んでテレビで議論している様子が見れるのが新鮮だと思う。少なくとも自分について言えば、この「ジェイムズ・ボールドウィン」という人物の名前も聞いたことが無かった。

    本作も観た後でも、あなたの抱いているイメージや歴史観は特に変わらないと思う。歴史教科書のスピンオフだと思ってぼんやり眺めるぐらいで良いのかもしれない。知らんよりは知っていたほうがお得感あるよね~。

    そりゃそうだろ。

  • どくしょかんそうぶん

    「狂った一頁」を観た。

    「くるったいちぺーじ」で良いんだろうか?「くるったいっこう」でもないだろうし。どんだけ~。

    「まさか●●●がamazonプライムで観れるとは!」とか「期間限定Youtubeで公式配信!」みたいな情報は一通り追っかけてみる性質であります。本作もそうして情報を拾ってAmazonプライムビデオで観劇。

    結果、なんだかよくわからない。台詞どころか音楽以外の音声もなく、字幕もない。メンタルに問題のある人が集まる施設で騒動があった、というところはわかった。誰かを脱出させようとしたようだ。一等賞おおあたりヨカタネ~。

    60分少々だから最後まで見てみるか、と我慢して9割ぐらいは見たと思う。他にこんな作品見たことはない、という所は確かだった。人生のどこかで観たことあると言ってみたい人はどうぞ。俺のことか。

  • どくしょかんそうぶん

    「ギルティ」を観た

    ネタバレの可能性があります。ネタバレの可能性があります。ネタバーレ de lucia

    デンマークの作品で、原題は「Den skyldige」google先生によれば、この原題の意味は英語で言うギルティと同じようだ。米国リメイクがあるらしいですが、オリジナルのほうをAmazonプライムで視聴。

    あらすじで語られたイメージほど音を頼りに何かをしたという事は無く、スーパーテクノロジーの登場!とか、犯人との駆け引きとか出てこない。出しゃばりな主人公が勝手にコケたと受け取れる類のパターン。同じ設定と筋書きの映画を過去に観たことがあるとは思えませんが、でも斬新という感想には至らず、そこが不思議。音声だけの情報が伝わってくるという状況自体は、我々の日常でもままある事だから、だろうか。どんでん返しだって、実に普通にオーソドックスにどんでんが返っている。驚くというよりは腑に落ちる感じの帰結。

    作品の舞台設定により、同じ部屋にいる人物以外は姿かたちがわからない。不自然なBGMも無い。このまま最後まで走りきるのがとても良い。そしてなんだろう、俺は本作のような穏やかなバッドエンドが好きなのかもな?🤔情緒に寄せすぎて脱輪した溝にきっかりハマるのだ。何をいっているんだ。

    「誰も助けてくれないから俺が救う」という心意気が空回りする様を、昨今ではSNSなんかでも目にします。…なんて書いてたらデカイ地震が来ましたが…んで。その職務や、人間として抱えた良心に従い行動したところ、残念な結果に終わることはあります。例えば大きな災害でSNSで助けを求める声を見つけることがありますが、我々個人がどう対応することが、本当に人助けに繋がるんでしょうね。「家族が行方不明です!!情報ください!!」と訴えているのはストーカーかもしれません。本作の主人公は、目の前の人助けに熱中するあまり、他人からの救助要請を勤務中に無下にしています。そうまでして助けようと取り組んだ事件の”犯人”からは「誰に助けを求めてもムダだった」という重々しい訴えがなされます。

    第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

    https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=140AC0000000045

    ところで、最初のコンタクトがあった時「一緒に居るのは知り合いか?」という問いには答えが無かった。少なくとも、日本語字幕には何もない。しかし何か音声は入っているように思える。この答えが物語のすべての方向を決めかねないのだが、これは作品の演出なのだろうか。もしデンマーク語を解する人ならその回答内容を判別できたというのなら、またちょっと物語が変わってくる。物語のニュアンス?印象?何といえばいいのだろうな。もっとも、この違和感は最後まで観終わったからこそ覚えるものかもしれない。

  • どくしょかんそうぶん

    「エクソシスト・シャーク」を観た。

    全国380万柱のクソ映画ファンのみなさん明けましておめでとうございます。

    本作はとあるコメディアンの動画企画で触れられていたもので、本当にAmazonプライムビデオにあったので観てみることにしました。この動画を全部視聴すると本作のネタバレになりますし、また本エントリはこの動画のネタバレではありますが、そんなん気にするほどの作品ではない筈だと思います。

    んで感想。

    なんというか、ちゃんと映像作品を作ろうという気骨を感じます。専門知識はないのでどの辺に気骨が、って言われても困るんですけど、他の酷い作品と比較してしまうからでしょうか。デビルマンとか?すると本作はデビルシャークという名前でかつて公開されていたという情報も得ました。こいつは世紀末だ。デッビーーールシャーーーーク!!!

    要するに、悪魔がサメに取り憑いたという話だと理解しましたが、それで繋がりがあるのかねえのか意味不明な映像がどころどころ差し込まれたりして、制作の都合でその場しのぎでなんとかしたのではないか?みたいな印象も…。「準備してた●●がダメになったから、ゲロ吐かせよう」みたいな指示が出たとか想像してしまう。

    遊園地からの悪魔との対決シーンは流石にへんな笑いが出てしまう。十字架が小さすぎるってなんだよ。首絞めたらすげえ簡単に手首の拘束とれたしwwwこんな感じでクソ映画の評判通りではありました。全般的には面白く笑える場面も少ないです。でも裏事情を想像で楽しむ余地があるといいますか。

    なお、エンディング関連のようわからんアレコレは、人々の中にもああいうものを渇望するようなイカレポンチがいたり、無邪気に称えることがあるという恐怖感を言いたかったんじゃないかと思います。ただ、その手前の盗撮の部分はガチで全く分からない。お色気サービスカットのつもりか?

    映画の制作予算を誇らしげに広告するようなことあるよね。制作費NN億円!みたいな。はたして出来上がった作品がその制作費に見合っているのかどうかは、分からない。ビルごと吹き飛ばしました、とかに金がかかるというのは誰にでもわかる事だけど、冷静に考えたらそれがどうしたって言う事もできる。だから、たまにやっすい映画が大成功を収めると喝采を浴びる。湯水のように金を使う事が出来たが安く済ませたなんてこと対してではなく、限られた時間設備スタッフでなし得た魔法に感嘆の声をあげる。本作には魔法はなかった。じゃあ予算を付けてはどうだろうかと考えてみても、どっかおかしなことになりそうだ。予算でどこを改善したらいいのか、分からなそうじゃないか?例えば「本当にサメに食われたように見せよう!」であっても、「エクソシストのパロディ色を強めよう」でも、コレジャナイって感じが強い。

    そういえば自分は、かの「ジョーズ」を見た事あるんだろうか。バックトゥザフューチャーの時も思ったけど、名シーンだとかパロディとかのつぎはぎばかりを幾つも観て、本編も大体みたような気分になっていると思う。…ほら、考えてもあらすじが出てこない。本作の記憶を消すためにジョーズを観ましょう。