水葬場にて
湯船にて呆けていると視界の端で何やらうごめいた。おそらくは六本足のあいつだろう。怖くもない、ただこちらは湯船に浸る体勢であり、つまりは裸体であり、素足で踏みつけるのも躊躇われるのは文明の縛り。人類はそれに甘えて彼を踏みませんでした。ああ、また徳を積んでしまったよきかなよきかな。
と思ったんだけど、フロアを見つめる視界の上からゆらゆらと何か降りてきた。八本足のあいつだった。蜘蛛は益虫などという言葉を信じ、適度に生かしたままにしてある。とはいえこんなところに登場されるとちょっとな、と思っていたら、そのまままっすぐに、便器の中へ降りて行った。やや間があって、俺はレバーを大の方へとひねり、轟音と共に押し流した。死ね!死ぬのだ!
つげ義春の漫画で、火葬場で釜に閉じ込められた同僚を焼いてしまうという話があった。あの一瞬の迫力が好きだ。人間の情とはなんだろうか。文明は産業を産み、暇人のアートがそれを弄ぶと申します。叡智を愚弄するかものども。情はゆらめきつづけてなお、ひとところにあり、我々はそれを遥かな谷底にみることも、頭上15センチにみることもできる。すべて私の物、しかし命の処遇は巡りの果てにて、仄暗い水道管の中。穢れを払うに焔と水の業がありて!!体一つで居りました由、焔には贖えませぬ由!
肉を食え。
湯気、凍る、ある冬の日の出来事で御座いました。