Archive for 1月, 2014

「かいぼり」実施中の井之頭公園へ野次馬に

[画像を追加した]

100周年記念事業だと。池の水を抜いて、まあ要するにメンテナンスをするということらしい。28年ぶりの作業ということで、当然自分も初めて耳にする。空っぽになった池は見てみたいし、天気も悪くないので散歩がてら足を運んでみることにした。

その前に、池の水を抜くという事は、みんながみんな「もしかして…」と思っただろう。あの事件の事ですね。もしかして、そんなことはないだろうけども、もしかしたらひょっとしてひょっとして。期待していないと言えば嘘になるが。

休日ということもあり、公園までの道は賑わっていた。いつものこと。公園に入ると、パフォーマーがコマを回していたりするし、また、遠くから歌声が聞こえてくる。いつものこと…ではあるが、最近は夜更け早朝しか訪れていなかったからこの賑わいに新鮮さすら感じられる、実に実に、平和な景色。そこで視界に飛び込んでくるのは、確かに水が引いたあの池だった。うおおお。これはこれは。適当に写真を撮りながら池の中央を横切る橋を渡るとする。湖底が露わになっている。堆積した泥の所々に水たまりがあり、またポツポツとゴミがある。もっと大量のごみが散乱しているのではないかしら、などと思っていたが、日本人のモラルは素晴らしい。…単に掃除しただけかもしれないが。掃除をした、にしては半端に散乱しているし、自転車など目立つものも放置されており、ここはモラル説を支持したい。

勿論自分のみならず、通りゆく人々が池の様子を写真に収めている。自分はと言えば半周もするとすっかり飽きてしまった。久々に休日の昼に来たという物珍しさのほうが勝ってしまい、ファンキーな親父の歌などちょっと聞いて公園を後にした。テントが張られており、「救護」だとか「取材受付」だとかカウンターがあったが暇そうであった。ボランティアが魚を移動したりサイズを測ったりしていたが、遠目に見ただけだった。

本当は画像を貼りたかったけど後日追加でもしようか。前のPCがubuntuだったから、画像を取り出すのに繋ぐだけでよかったのに、windows8.1にしたらダメだ。アプリも入れてみたけどデバイス認識しない。とほー。

[画像追加]

橋の上に多数の見物客

橋の上に多数の見物客

チャリ沈んでた

チャリ沈んでた

アヒルさんも泥の上

アヒルさんも泥の上

蔵前駕篭にのって

乗ってません。

蔵前駕篭という噺がありまして、いよっ。これを聞いていたのですが、下げ(オチ)がいまいち分からなかった。「ううむ、もうすんだか」と耳には聴こえるのだが、「済んだか」でよいのだろうか。調べると、確かに「済んだか」となるようで、身ぐるみを置いていけと追いはぎが出るあたりを突破する為に、最初から着物を脱いで駕籠に乗り、いざ襲われたというときに、もう身ぐるみを剥いだ後であるかのように追いはぎを欺くというオチだった。ああなるほど。

正月に増えた体重をちょっともどさなアカン、と冷蔵庫には蒟蒻と豆腐が常駐。ここで大手レシピサイトあたりで豆腐料理のレシピを眺めてみたけど、これといって興味を惹かれるものはなし。あ、でも、白和えって豆腐なんだよな。作ったことないので今後試そう。何の料理でもそうだけど、調理器具と具材に乏しいので簡単なのしか作ろうとはしない。そんなに時間もかけれないし。だから其の侭でもなんでも食える豆腐は、なんというか万能なんだよねー。

燃えないゴミの回収が久々で、アレを捨てようこれを捨てようと思っていたけど、面倒になってまあ次の機会に、となる。夜更けに気付いてもそこから押入れごそごそする気にもならんわけで。ほら寒いし。洗濯物を干すにも手が凍るよう。眠気がすっかり覚めていく。寒さで眠くなったら死ぬ手前というしな、

ほら、

暖かい中で安堵のうちに微睡む様な幸福を、もうちょっと追求できないもんかと考える。一日に満足して布団に入るようなことがなくなっているし、目覚めればいつもだるい、そしてまた一日が過ぎてしまったと思う。悔いているのとも違う、諦めたというに近い。普通の人は眠る前に一日の終わりを感じるものであろうか、自分はどうにもそのような感じがしない。ダラダラと時間が過ぎていく。

1000円しなかったMP3プレイヤー。風呂でのんびり音楽を聴くとき専用に使っていたけど、先日入浴中に寝落ちした際に水没し、そのままお釈迦に。値段考えるとどうでもよい損失ではあるんだけど、また同じのを買うには憚る使い勝手ではあった。そんなに風呂専用で使いたいなら、それなりに防水のあるものを買うのが良いのではないかしら。考えておこう。

通勤中に突然電車が急ブレーキをかかった。たまに急ブレーキはあるけど、今回のは結構な「緊急」感が出ている止まり方で、危うく倒れそうになった。事由もわからぬうちからちょうど地下でメールも送れないしどうしよう、なんて手前の都合を考える。駅からだいぶ離れたところで急ブレーキってただ事でない感じもあり、そわそわしていると、車掌より淡々とお詫びの言葉があり、何もなかったかのように運行した。

そのまま…ごとりごとりと揺られながら窓の外を見ると、暗い地下道の壁、車内の明かりに照らされて自分の顔が映る。改めて見てみると、車内の人々と同じように吊革に下げられた荷物みたいに、時々揺れている。で、先日聞いた蔵前駕籠を思い出す。駕籠というのは人が担いで走るわけだから実際のところ相当に揺れたんじゃないか。大八車に人を乗せる、みたいな発想がなかったのはなんでだろう。どう考えても楽だ。いっそ、駕籠を大八車に載せればほらそのまんま使えるんではないか。馬車はどうだ。牛車なら平安時代にもあったし、馬に引かせるぐらい・・・・なんて調べてみると、馬車は幕府が禁止していたらしい。ほお…。

カップヌードル8個セットかと思ったら20個セットだったので、つまりポチポチポチと60個買ったったったった。まあ暖かくなるまではこれで。塩分だけ気を付けましょうぞ。

お買い物

最近のお買いもの。

VANのモックシューズ。一足履き潰しかけているのだけど、快適な靴だったので結局同じものを買い求めた。おそらく五年ほど履いた。五年ももったのは意外だった。自分はこれでどこへでも出かけていくけど、みなさんもご近所履きやお散歩用にいいんじゃないのこれ。

カンパリ。酒。カンパリオレンジの元つうか。というわけで当然オレンジュジュースで割るのがメジャーなんだけど、ここでオランジーナで割ると簡単で美味い。それだけ。あとキレートレモンもやってみたけど美味い。

ズブロッカ。知らずに買ったら草入っててびっくりしたwww 40度もあるなんて知らなくてまあチビチビやって飲み干した。割って美味しい感じでもなし。

明けに銀の明星の袖擦り合わせ暖をとる事

先月の事、もろもろ事情があったりした結果、三週連続で終電を逃した。幸いにしてその全てが金曜日のことであったので、まあ朝までどこかで過ごして…と諦めもついた。もちろん翌朝からすることもあったりしたが、私事なのでまあ投げ打っておけば、なんて。

その一週目、弊社事務所にて時計の針は24:00を示していた。間に合う終電があるものの、混んでいる電車に一時間揺られて午前様も面倒くさく思われて、そのまま一泊することに。一泊するという決心に、面倒以外にもう一つ理由があった。非常用の銀のピラピラしたアレ、非常用サバイバルシートが鞄に入っていた。これを試してみようかと。いや、本当は試そうと思って会社に泊まることにしたのだけど。おほほ。

こういうの。ポケットにすっかり収まる軽さ、サイズでまさに非常用と言える。午前二時、試してみるかとパッケージから取り出してみる。十分に大きい。しかしあまりに薄く、また軽いがゆえに、着衣のままでは体に巻き付ける事ができないのでありました。フワフワしてて、どうしても密着して体に巻き付けることができない。ゆえに寒気が防ぎきれない。これならどうかと椅子に座ってケツで抑えることで腰から下にはきっちり巻きつけることができた。これは確かに温かみを感じたが、窮屈だしいまいち。体全体でどうにか、まきすの上の海苔巻みたいに、下に敷いてぐるぐる自分が転がればぐるりと包まれるんではないかと試してみたが(土足の事務所の床でコート着たまま銀色に光ってごろごろ転がるわたくしをご想像ください)どうだろうか…。で、服がダメなら脱ぐ…のはちょっと事務所では躊躇われたが、捨てる予定だったその銀のヒラヒラを持ち帰り、家でやることにして、その日は椅子に座ったまま始発までウトウト。朝になり、帰宅。その日の晩。布団の上にこの銀のシートを広げて、裸で寝そべって転がってくるまる。おおおおこれは確かに十分に暖かい。暖かいけども真冬と言えど所詮屋内の話であり、これがあれば安心というには程遠いかなと思う。これで非常時に何もないとき、命を長らえることができるかと言われれば…状況によってはできるかもしれないなあ。まあその「具体的には分らないけどひどい状況」に備えるのが防災ってやつなんだけど。まあ邪魔にならない、安いというので、持っておいて損はないと確信した。やたら光るので海難とかの時に発見される確率が大幅アップしそうではある。

以上一週目。

二週目。乗り換えの新宿で終電待ちの列はすでにホームを溢れんばかりで、ホームに上って来たは良いけどとても乗る気にならない。忘年会帰りの出来上がった人々もおり、密着嘔吐ショットガンなどいただいては堪らないので終電で帰るのを諦めた。朝まで営業している以前の職場に行って、始発で帰るつもr「今は夜営業してないよ」うっそーーーーーん。しょうがないので、店を出る。しかしこれは楽しみでもある。徒歩にてお家を目指すなり、と洒落込んだ。

…午前三時。疲労と後悔にまみれて寒さに震えていた。先週の銀のひらひらシートを思い出していた。移動中にはあれは使えんなw 何度かグーグル先生に道を尋ねるうちに、ただこの道を歩けば着く、という単純な道のりに合流した。故に、今度は具体的な距離、時間の数値にげんなりすることになる。どうもあと三時間ほど歩きとおせば良いと判明した。日が出る前には着くのか。三時間て。やや横道に逸れていくと私鉄が走っている。駅まで近いかは知らない。…が、幸いにもすぐ傍だった。ちょっと寄り道して駅名を確認、時刻表を検索して確認したら、始発までまだ二時間ある。始発に乗ってしまえば乗り換え入れても30分ほどで家に着く計算になるのだが、ここで二時間待てるか。近くに朝まで営業するファミレス的なものもなかった。次の駅まで取り敢えず移動する。次の駅、次の駅、とやっていれば家に着いてしまうので、頑張れるかと思ったが足が痛む。震災の時はもっと長く、倍近い距離を歩いたが、郷里の家が無事なのが、家どころか町が無事なのがどうかも不明なまま歩いたあの時とはテンションが違う。

その、次の駅で諦めようと決めながら歩いていた道すがら、印象的なことがあった。一番わかりやすく、近い道であるために深夜といえども交通量は多い。ましてや週末の夜である。自分と同じように終電逃して歩いている人もいるのだろう、タクシーがちょくちょく減速して様子を伺って走り去っていくのだ。最初の一台などはやや前方で停車した。でもこれ、停車したら誰かが降りてくるって思うよね普通?自分もそう思って気にもせず通り過ぎたが、何台か速度を落とすので気が付いた。自分が乗るかどうか様子を伺っているのだな。確かにこんな時間に繁華街でもないところをスーツとコートで歩いていればどう見ても終電逃しである。ちょっとコンビニでも深夜のお散歩でもないでしょう。乗せれば場合によっては一万円の稼ぎになるとも限らないんだから、そりゃあ様子を伺うってものですね。ほお、と感心していたら始発を待つ駅に着いた。幸いなるかな、改札が開いていた。ホームには待合室まであった。なんという僥倖。改札に入る前にコンビニで食べ物を買い、もぐもぐしたり居眠りしたりしながら小一時間始発を待ち、帰宅した。待合室にいる間、水商売のお姉さんと、70ぐらいであろう爺さんと、10歳ぐらいの子供が入ってき えっ 午前四時半に子供が一人で駅の待合室に居るものだろうか。驚いた。

のが二週目。

三週目。金払ってそこらのビジネスホテルで一泊。屋根と風呂と布団。人生の二番目の糧を人生で一番目の糧である金銭を支払って得る。という夢を見ながら弊社事務所の椅子。気が触れてコンビニで冷凍ピザを買い、食って帰る。

夜を過ごす、朝を迎えるということは人生の一つの見せ所であるのです。2014年も機会が許せばそういう過ごし方を積極的に取り入れたい。嗚呼日が昇る……。