• ふでのゆくまま

    雑記

    まな板をなんとなく捨てずにとっていた。そんな邪魔にもならんし。…というのを、先代のまな板でもやった気がする。キッチンのシンク下のスペースに半年か一年ほど立てかけてあるが、役立ったことはない。捨てるのは簡単なので、無理やり役に立たせるシチュエーションを考えてみる。これも先代のまな板でやらなかったか…?再定義すると「取っ手の付いたポリエチレン?の板」ということになる。重さ一キロぐらい、厚み8mmぐらい?大きさ15x20cmぐらい。取って部分にS字フックなど通せるので、ぶら下げることのできる板になる。画鋲などでピン止めするボードになるかと思ったけど、そこまで柔らかくはないし、コルクボードもそこいらで売っておる。そこそこ硬いのを活かす方法でもないだろうか。

    ねえわ。捨てた。

    将棋の渡辺くんをお買い上げ。作中で渡辺明が、夕方の30分ほどの休憩時間が不要であると主張をしていた。これはありえない発言だと思った。その休憩時間は、記録係や報道、配信関係者には貴重な時間となるのではないか。お手洗いだって持ち時間の範囲内で自由に行ける棋士と違って、記録係は長時間の着座を強いられている。なぜ交代制になっていないのか、従前より理解に苦しむばかりだ。不測の事態のバックアップ体制がないのはとても不合理なこと。午後になってから8-9時間記録を取りっぱなしなんてこともある。これってそもそも法に適わないんじゃないの?個人的には日本将棋連盟は咎められるべきだとすら思っているんだが…こういう制度をいじるのもスポンサーの承諾が~とか言いそうで怖い。ネット中継と相性がいいと言われて、コンピューター将棋以降調子が良い業界と思っているけど、このままクソ伝統抱えて死にそうな気もしてくる。そのくせ羽生善治とかが鶴の一声キメればすぐに変わりそうなんだよな~。

    将棋っていえば…橋本崇載氏が衝撃の引退を発表してから一年がすぎた。どうされているんだろうか、去年の秋以降ツイッターも更新がない。氏も将棋界に改革を希求したタイプの人材だったと思う。奇をてらった感じばかりメディアの記憶には残っているかもしれないが…。

    給湯器の電源オフにしているのを忘れてバスタブに湯を、水を半分ぐらいはってしまった。ただ流すのはさすがに忍びないが、バケツにくんで食器洗いでも、という時に限って洗い物をすませている。洗濯物はさっき干した、じゃああらゆるところを掃除したろうかい!と意気込むをフリをする25時。自分の遺灰でも流せばセーブポイント発生するかもね。ごぼごぼごぼごぼ…。

    以前使ってたスマホで録音したどうでもよい街の音、雷雨の音などをバックアップのドライブにあるの発見。YouTubeにでもアップするかと思ったら音声フォーマットはUPできないって。なるほど。Youtube前提で考えたら、音だけほしくても映像で録画するのが却って手っ取り早いのかな。たぶんデフォルトでMP4かMOVになるよな?プロ筋の方はエンコードしたりするんだろう。エンコードできるだけの装備はあるし、やってみるか。最短のケースでは、ソフトで開いて拡張子変えて保存で勝手にエンコされそう。なんの勉強にもなりゃせんな。なんにせよYouTubeにアップできないという学びが大きかったですね。プライベート動画にすれば広告も入らないと期待して、おれおれ専用入眠音源として便利かなとおもったんですが。そういうの既にいっぱいあるけどさ、爆音の広告で夜明けに飛び起きるたことがある。

  • どくしょかんそうぶん

    「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」を観た

    一応はサスペンス?推理物?っていうのかな。ネタバレいやいやな人は回れ右三回ワンといえ🐶

    オリジナル音声に日本語字幕で観たのだけど、音声はフランス語でした。そういうわけで、掃除しながらなんとなく観るつもりが、字幕見れないと全くイミフなので8割ぐらいはじっくりみた。別にこれが英語だからって、完全に内容を把握できるわけでもねえけどさあ。

    頭のいい人が復讐を果たすものがたり。物語が進むにつれて、不可能に思われたその方法が明らかになっていく。仕組みはそこまで複雑怪奇ではないと思います。犯人が誰かはわからんが、復讐の相手への脅迫実行方法は「〇〇かな~~~」という予想が、そのままだった。うそおん。エンタメとして実に良いです。スリルあって良いですよ。

    最後の場面のやりとりはこう理解しました。社長は犯人の脅迫を受け入れて、会社の金を犯人に渡す手続きをした。その後、金を受け取った犯人はその金を社長の個人口座に勝手に送り付けた。刑事が社長の口座を調べると、会社が払った筈の金が社長の口座に入金されている。「こいつは狂言で会社の金を個人の懐に入れた」と判断される…ざまぁwwwというスジと理解した。いやいや、送金元(=犯人)ぐらいは調べりゃあわかるだろって思ったけどな。それこそ脅迫の実行犯だという証拠だし。

  • どくしょかんそうぶん

    「進撃の巨人」…の最後のほうも読んだ

    ネタバレです。困るという人はブラウザ閉じて夜通し北斗七星を眺めましょう。

    ずーっとAmazonプライムでアニメ版を観ていたのですが、ここにきてまた一年おあずけらしい。いくらなんでも馬鹿らしくなって単行本を買いました。散財の巨人。33巻と34巻買えば2022年4月時点のアニメの続きが読めました。これにて読了と。毎週公開日が楽しみだ、なんて小学生の頃の「ドラゴンボール」とか「北斗の拳」以来のことですよ。存分に楽しんだ。

    物語もド終盤、せっかく何一つネタバレせずに楽しんできたので、どんな結末になるのかなーとワクテカ読んでいたんですけど、最終的にはそんな感じなんだろうなあというところに着陸。「未来が見れる」とか「記憶を弄れる」とか、強烈に「この先どうとでもなる」設定が登場して以降、物語の〆には期待していたのですが、個人的にはいまいち。人類を壊滅させようという選択の時点で、びっくりはびっくりなんだけど。

    連載が終わったころから、ネットで伏線回収がどうのという話題になっているのを見かけました。ネタバレを避けるためそういうものを一切読みませんでしたが、最後まで作品を拝読して、自分で気づいたような伏線回収はありませんでした。この際なのでそういう情報載っているサイトを眺めてみますと、あまりなるほどと思えるものはなかった。こういうサイトは原作の連載をもとに作られると思うので、アニメしか(あ、無料公開の時に少し読んだっけな…)見てない自分は触れてない場面もあるのかも。

    そもそも、伏線ってもの自体がよくわかってない。修辞上の技法というよりは、ストーリー作りのテクニックだと思っているのですが…例えば、台詞とか表情とか具体的な物じゃなくても、風景でも小物の描写でも表現できるもの…。漫画や映画はやりやすそうだ。テクニックという観点では、読者にあえて誤解させるパターンもあるよなあと思う。犯人はだれだ系統の作品でありそうなやーつ。

    物語の根本である「人類は巨人から逃れるために壁を築いてその中で暮らしている」という設定。これが見事にひっくり返る、味方の兵団に巨人がいたという場面。巨人と壁について世界観が大きく揺れ動くあたりが一番の驚きだと思う。例えばこの事実が読者に明らかになった時に「なるほど!それで〇〇〇はXXXというわけだったのか」と気づくことを、たぶん、伏線の回収…ってうのかな。作中で明らかになる前に読者が気づく可能性がある、そこに無理のない解釈が成り立つ…こういうこと?

    ネットの情報では、何でもかんでも伏線だなんだと考察されていて、ちょっとげんなりという感じもある。創作なんだからそりゃあ、都合の良いように偶然を描いたりもするのも当たり前だろうと思う。そりゃあただの日本語の言い回しだろうってものまで推理働かせたりしてて、ちょっと面白い。実際、なるほど!と思った考察も大いにある。曰く、「物語の冒頭も冒頭、巨人が襲ってくる場面で巨人の足跡が無い→その場で巨人になったということの証左」これは見事だと思う。自分は実際にその場面を観てはないんですが…気になったので見直してみる。Amazonプライム万歳。確かに、超大型巨人が壁にへばりついているとき、足跡のようなものは描かれていない…けどあまりに遠方からの映像で、どうとでも言えるような。漫画版だとちがうのかな。

    物語最後の最後、世界から巨人が消えた!という場面で一つ疑問がわきました。あの場所では眼前に大型の巨人たちが壁になって並んでいた筈。巨人が消えたら…それどうなったんだろ?ふわーってその場で消えた?あいつらにも中身がいたのだろうか。ネットで同じ疑問を呈している人がいた。ディープなファンのみなさんはこういうので盛り上がるんだろうな。自分もゲーム関連では実感できるイースターエッグなどあります。ケーキは嘘だ!

    で。

    結局巨人とはなんなのか。この巨人システムの本尊はシナプス的なうにょうにょと判明した。何故かは知らないけど、そういう生き物(?)が存在して、たまたま落ちてきた人間にくっついた。これが巨人システムの始まりというようなストーリーだと理解した。でも、エレンが死んでそのうにょうにょごと消え去ったの?なんだあれは寄生獣か。ミギーの巨人。極右か。物語の世界では、我々の現実世界でいう天体運行のセオリーみたいなレベルで巨人が当たり前に存在した。でも、そのよりどころが一匹のうにょうにょでした…ってことですか?なんなのこいつ。

    もしかしてこいつにも、伏線でもあったの?

  • ふでのゆくまま

    雑記

    Amazonミュージックは再生履歴が残る。2019年の良く聞いた曲、というリストがあったので曲目を眺めてみたが、2022年現在の再生履歴とほとんど変わってない。新しい曲に(ほとんど)興味がないこともあるし、電車通勤の頻度が下がったから移動中にスマホで音楽を聴くこと自体が減ったこともまた、理由になっていると思う。お散歩の時に聴くのも良いかなと思うんだけど、平日のお散歩は夜なので音楽聞きながらというのは単純に危なすぎるんだよね。休みの日は早起きして散歩したりすることはあるので、2022年の再生履歴に日付はなくとも土曜の早朝とかに集中していることだろう。それにしても3年というのも、ちょっとどうかな。おっさんになったな、なんて自覚は10年前からあるけど、いよいよ初老へ突撃するにあたり、こうして取り残されていくんだなあとしみじみ。玉砕。

    単三の充電式乾電池を買い替えた。当時一気に広まった{hoge}ループという商品を長く使っていたが、すでに製造ブランド自体が無くなって久しい。今回は10本ほど買い替えた。今時、乾電池をこんなに使う事あるかね?と思わないでもないが、非常用のマグライトX3だけで6本使うし、ワイヤレスのマウス、時計。非常リュックにも乾電池でUSB充電できるデバイスを入れてあって、数本まとめて格納してある。電力が失われても、無駄遣いしなければ3週間ほどスマホが使えると思うけど、果たしてこれは助けになるのか。ネットワークは完全に死んでいる状態として、助けになりそうな機能はなんだろう。オフラインで使えるマップとか、写真や動画であれこれ記録できること、時計(カレンダー)あたりか。

    アプリや電子書籍の形で必要な知識を持ち歩くことができるというのも、スマホの利点としては大きいぞ。紙書籍を抱えて避難する個人もいないだろう。例えば、野営ノウハウとか緊急医療措置みたいな情報が載っているもの。こういうものを緊急時に眺めたとて素人がどうこう—と思うんだけど、素人でもどうこうしなきゃいけない時のための備えだ。しかしオフラインに取り込むことを続けると、スマホのストレージが厳しくなってくる。どうでもいい飯とか風景の写真など排除だ排除!次はケチらず容量のでかいのを買うぞ!

    非常用リュックを開けたついで、食料、飲料水も詰め替えを行い、非常用リュックをしょってみたが重すぎた。背負うこと自体には苦労はないが、こんなものを背負っては避難どころではない。30分歩けないんではないか。意味がない。では、どのぐらいあるのかと無理やり体重計に載せてみると、14kgと表示されて愕然とする。かなりいい加減な計測だとは思うが、こういう用途の荷物としては、14kgというのは実に普通の重さといえる。どうするかな。これを例えば1キロ減らしたとて「これなら何キロでも歩けそうに軽い!」といった変化になることはない。うーん。だとしても、中身を点検しなおすには良い機会だわ、何かしよう。何か。

    防災情報を扱うサイトを眺めていると、非常時の備えに「自分が落ち着けるもの」を含めるとよいとの意見もあった。しかし、非常時の持ち出しリュックに詰め込んでおくのであるから、日常で使ったりすることはできない。なんだろう。幸いにして自分はこれまで、避難所で夜を明かしたような経験はない。だが、このリュックが役に立つような事態になれば、家族も友人も安否のわからぬまま一晩…三日…一週間…。それも、避難所でぼさっとできるとも限らない。どこかの川べりとか地べたの上で凍えて夜を過ごすことになるかもしれない。そういう時に何か支えになる物。今まで打ちひしがれて沈み込んだ時、どこかに助けを求めたいとき、難題の解決を求めて手に取ったもの。

    インターネットだ!

    …とりあえずメモ帳と鉛筆を追加で格納することにしました。ボールペンとマジックペンは既に装備済みですが、保険の意味で鉛筆も。「被災地死ぬかも日記」をお楽しみに。

    おにうの包丁を結局お買い上げしたので、使い始めることにする。かけまくもかしこきfirst cut. たまたま、茗荷が二かけらあったので新旧で切れ味を比べると、新しいほうは本当に豆腐を切ってるみたいに、すとん、すとん。古いほうは、茗荷の葉の重なりを感じるぞりぞり。人参の銀杏切りもすとんすとん。これが怖くて同じ速さで手元を動かす気にならず、却って効率が落ちる。しかし、自分のそそっかしさを鑑みては、こういう処方が妥当だろう。そのうち半端に慣れて、どこか怪我するんだろう。

    リュックにバンドエイドいれた。未来にコミット++

    Mリーグや将棋の中継をabemaTVで見ていると、abemaTVの番組CMが流れる。ラップバトルと銘打って若者が口喧嘩しているのは、凄く、こう、茶番にみえてしまう。当人たちが真面目なら猶の事。本場にbeefというのがあるのは知っているけど、テレビで流れるこんな感じでやりたいとは違うんじゃないかな。老害の初歩みたいな考えを巡らせていると、twitter上で大使館アカウントがやいのやいの応酬を始める。パロディでもテレビでもなく、本物のアカウント。こいつら本当に戦争してるんだよな…市民を含め数千から数万ぐらいの犠牲者は出ているし、いつ第三次世界大戦に発展するかと気が気じゃないのに、これが…茶番に見えてしまう。

    またか…なんて。

    見慣れてしまった。履歴にあるシーンの模倣。オオカミ少年が騒ぐたびに、本当に羊が食われていたとしても、狼が眼前に現れるまでは、亡骸が転がるまでは、風と日差しを慈しみ、眠り続けて死ぬ。

    春。