Archive for 11月, 2013

テスト

てすてす。

寒いー。

揺らぐ

最近、二度ほど揺れで暗がりに目を覚ますことがあった。都内にお住まいの方はみんなそうだったと思う。夜に天災に遭うというのは恐ろしいものだが、この度は自分は揺れが収まると、というより収まらぬうちに、灯りもつけず、そのまま寝入ってしまった。せめてまわりの状況を確認しないと、本気で死にかねない。何をやっているんだ。(などと書き溜めていたら三度目の揺れがやってきた。週末に揺れるスケジュールでも組まれているのか。)

暗がりで少し目が覚めたその瞬間思ったんだけど、揺れの強さって結構視覚で判断している。何がどのぐらい揺れているか。震度がどうこう、ではなくて、ヤバいかヤバくないかという判断。何かが落ちそうだとか、そういう見た目。

三度のうち最初の二回の揺れは、暗がりで、オフトゥンに寝ている状態だった。朝の五時まで起きていて、ニュースによればそのあと七時に揺れたようだから眠くて眠くて…は、そのとうりなんだけど、どうにも油断しすぎであろう。結局九時すぎに起きてすぐにニュースを見たら茨城で震度5弱だったそうだ。普通に家具などが倒れる揺れだった。都内はどのぐらい揺れたか知らないがやはり危なかった。部屋の隅に常備している非常用バッグに寂しい視線を送る。ぼそぼそと朝飯を食う。

今にして思うに休日だから、という理由で目が覚めなかったんじゃないか、と思っている。現代人はカレンダーに忠実であります。

ああ日差しが冬だ。2011年の震災の時も、津波からの避難が間に合わず、そこらの屋上に取り残されて雪降る屋外で夜を過ごした人もいるだろう。着の身着のままで…そこで命を落とした人も少なくはないんではないかと…想像する。雪降る夜に灯りもなく水に飛び込もうとは思わない。そういえば震災後まもなく、津波押し寄せる自宅から犬と一緒に避難する少年が撮った動画がアップされたのを思い出した。既に逃げ遅れ、という状況であったが、流れてきた船に飛び乗り、近所のビルに流れ着いたのでビルにあがり、そこで一夜を過ごしたと本人の後日談もあったっけ。あの震災は未だに初めて見る動画がアップされることがある。亡骸とともに見つかったようなカメラには、壮絶なものがおさめられているかと思う。こちとら暗がりで揺れてもお布団に朝までくるまっていられたのは、全く以て単なる運だよなあとしか思えない。

暗いといえば蛍光灯を替えた。明るすぎてウキウキする。一年ぐらいはまたこのままだろう。同じアパートの住人が引っ越して行った。ベッドが粗大ゴミとして残されておりマットだけでも欲しいが一人で部屋に運び込めそうにない。ほら他の人に見つかったらアレだし。…うずうず。…。

天国に一番近い駅、秋雨の慰霊堂に注ぐこと

一個前の投稿が公開されてなかった。結局はユナイテッド・アスレという最近人気のスポーツ系アパレルのをかった。ナイロンパーカにデタッチャブルのフリースがついてくるやつ。ご近所歩きはこれで良い。地味なカーキ色も良い。FPS気分になれるねウーハー!!

ここんところ週末に必ずと言ってよいほどお天気が崩れる。台風だってたくさんやってきた。そしてこの文化の日絡みの連休も例に漏れず雨模様であったのだけど、行ってみたいところがあったので、トボトボと傘さしていってきた。ついでに、思いつきで寄り道したのが、総武線新小岩駅。ここ数年人身事故がよく起きるとされている駅の一つで、「天国に一番近い駅」と揶揄する言動も見られた。(この記事を書くにあたって新小岩の地図でも確認しようとググったら、足を運んだ当日に自殺とみられる事故があった。痛ましい。実際に事故件数は多いと思う。)

電車に乗って千葉方面まで行くことなどないので、まあなんというか秋葉原を越えたあたりから車窓からの眺めが物珍しい。ぼんやりと景色を楽しむ。雨はまだ降っていなかった。♪次は~しんこいわ~などとアナウンスされるあたりで、眼前に広い川の流れがあった。「あれ、またこんな広い川渡るのか!?」って思わずやや身を乗り出して覗き込んだ。浅草橋からすぐ川を渡るのは知っていたけど、もう一個あったか。地図で確認するとこの流れは荒川であった。埼玉との境に流れているものだと思っていたが、そりゃあ川なのだからしまいには海に流れ込む。千葉までの間に渡河するのは当たり前であった。しかし新幹線から見える、埼玉と東京の境のはこんな広くねえ印象であった。これも地図で確認すると二倍ほどの川幅になっているようだった。そこまで地形が変わっている距離でもないだろうが、工事でもしたのかね。あるいは広さを感じたのは、川面との距離もあるかもしれない。この荒川の「上」を首都高が高架で走っていて、これがなんとも不思議な眺めでありまして…。AKIRA的な、という例えは流石のアラフォーであります。

で。

新小岩駅に着く。総武線上下の発着ホームと、もう一つホームがある。これが総武快速線のホームとなるのだろうか、そちらへ移動すると、ホームが広い。ダイヤを確認するようなフリをしながら、スマフォ見つめてふらふらと往復する。フリをする必要性は、常駐する警備員の存在があった。天国に一番近い、などという、快くない渾名をつけられる駅を、野次馬根性満載で見にきている。駅の運営からすれば当然そのような事故は受け入れがたいものであり、何か予防策が必要となるだろう。そんな様子を横目に自分の冷やかしはどうにもたちの悪い振る舞いであった。ホームにいただけなんだけどね。

…とはいえども…ホームに立ってみると、その事故の所以が少なからず伝わるようであった。総武線快速のホームは、総武線と比べて東京寄りにホームが長く伸びており、わざわざそちらまで行って電車を待つ人の姿は少ないようである。これは誰かに阻止され憎いことを意味しないか。実際、ベンチで熱いコーヒーなど飲んで体を温めていると、女性が一人そちらへとふらふら歩いて行き、まさか、なんて思って横目で眺めていると、警備員が後を追うように移動していった。ということは、実際そのパターンの「人身事故」があるんだろうか。

もう一つ見てみたいことがあった。ネットで指摘されていたのは、通過する列車の速度が速いということだった。列車である。重い。あれだけの重さのものが走っているのだから、速度によっては重傷で済むものが即死になるようなこともあるだろう。速度が二倍なら運動エネルギーは二乗だっけ?十分ほどホームにいるとその通過電車がやってきた。これが確かにビックリするほど速い。体感的には中央特快の通過より全然速いように思えた。柵もないホームをかっ飛ばしていく。これが例えば山手線の速度だからって「人体に安全である、怪我もしない」なんてことはないだろうけど、にしても。正直、人身事故が多い理由も納得してしまうほど異質の迫力であった。見送ったのは一本だけなので、全部この速度で走っているわけでもないかもしれない。

外へ出る。交番で警官が揉め事か事故の仲裁をしているようだった。アーケードに入ってみると、やや狭い並びに商店がずらりと。都市部の駅前となれば流石にシャッター街なんてこともないようで…。お惣菜が売っていたので公園で買い食いを考えたが、雨が降ってきたのでやめた。駅に戻り、新小岩を離れる。

ここで両国へ移動する。

死にゆくものの心持ちは分からないが、死に損ねたくないという算段はあると思う。ならば…あのかっ飛んでいく列車…そんな理由で選ばれては駅としても利用者としてもいい迷惑だ。富士の樹海には「東京で死ね」と落書きされた。ごもっともな話でありますね。また、先ほどの通過速度を見て、自害だけではない事故でも死傷率が高いのではないかなと思った。

国技館が電車から見えるということも初めて知った。迷いようもない。ただ、場所中でもない雨の休日、人気はあまりなく、ぼんやりと側を通り過ぎる。LINEの宣伝看板が掲げられており、「マジかいww」と思った。これはskypeにはないアプローチ。で、国技館も横目に通り過ぎただけとなり、すぐにやたら巨大な建物が目に入る。江戸東京博物館であった。修学旅行の生徒がぞろぞろと吐き出されてきた。一度は止んだ雨がまた強くなったので傘を取り出す。どうしようかとぼんやり歩く。部活の学生の威勢のいい掛け声が響いている。とても静かで大好きな雰囲気だ。御座敷いてごろんと横になりたいぐらいの。グーグルマップを見ると、東京慰霊堂が近くにあるので移動。

東京慰霊堂は…以前夜に寄り道したことがある。昼に来てみると曇天に圧倒的な存在感で雨に濡れている。ああたまらん。ここでしばしベンチで雰囲気を楽しみ、すまほ弄って時間つぶし。園内を一周し、展示を眺めたり薀蓄を読んだりする。ポツポツと人が訪れては中に入っていく。自分のような観光の人間が中に入ってよいものだろうか。恐らくは良いのかもしれないか、先ほど新小岩駅で感じた妙な気まずさがまだあって、足が進まなかった。まあ観光地ではない慰霊堂に一人で行ってみるというのも…。良い写真も撮れたのでヘッダーの画像を更新しようか。武蔵野の天皇陵墓の小路の画像から、関東大震災と東京の空襲の犠牲者の慰霊堂の画像へ。

慰霊堂側の日本庭園

慰霊堂側の日本庭園

あとは帰路。途中、ブックオフで将棋とIT関連の書籍を買う。suicaでいけた。地元商店街でお惣菜買って貪り食う。雨の散歩も快い。賑わいどころの人気がなくなるのも良い感じだし、雨の景色がなんとなく好きだ。休みっぽい休みでよかった。