• ふでのゆくまま

    瓜田に税を納れれず

    客先のオフィスに置いてある自販機は、路傍のものよりもお安いのでとても重宝しております。

    おりますが、電子マネーのリーダーが壊れたようで、現金でのお買い上げを強いられております。現金お買い上げでも商品価格が上がるわけではないですが、微々たるポイント還元に影響があると考えると、現金をゴソゴソする手間も相まって唇がへの字。盛況時には後ろに人が並ぶなどあり、便利さなど脆いものだと実感します。ボタン押せば清潔で冷えた飲み物が出てくる、それですら不満を感じるものですから、幸福に満たされた感情など遥かに遠く、おそらくはあすこ、奈落の淵あたりに置いてあるのでしょう。

    駅の改札、スーパーやコンビニでもほとんどの人がデフォルトで使うようになりました。老齢の方でも持っていることが珍しくありません。…多分。とは言え、レジでは電子マネー祓いを払いを申告せねばなりませんね。いずれこのやり取りも消えゆくのでしょうか…。

    「Suicaでー」
    「はいタッチお願いしますー」
    ピッ
    「どうもー♪」

    なんだよそれwwどうしたんだww普段そんなじゃねえだろバイトのお嬢さん。この応対がおかしく、ニヤつきながら店を出る。これは経験ある人多いと思う。殊更に忙しかったり、あるいは逆に喉か過ぎると、普段の身に染みた行動が、その時の気分でアレンジされて出てくる。忙しかったらいわゆる「テンパっている」状態。暇だったら…なんか適当な表現が思いつかない。うっかり。ぼんやり。思考停止。「別の宇宙にいる」というのがちょっと流行った気がするが。

    Suicaで支払いができないものもある。税金や公共料金がそうだろう、うちの自治体では有料のゴミ袋や粗大ごみの料金などもダメだ。切手や印紙もだな。コンビニに転がっている各種商品とカテゴリが違いますよね、というのは自分には納得がいく説明だが。電子マネーも各種あるんだから、そのうちには支払いができるようになるだろうか。

    富貴を顕すに家畜の群れを見せる必要はなくなり、小判の山を積む必要も札束を積む必要もなくなり、通帳の印字もなくなるとあらばあとはどうせませう。かざすとその人の資産が見える様な機械でも出来るに相違ないです。ドラゴンボールに出てきたスカウターみたいなの。あれは戦闘力がわかるが、道行く人の資本力がわかるとそれはきっとその人にはリスクとなるなあ。それを誤魔化す算段が必要になり、良心的な非公開機能が実装されるまでは、人々は額面を偽ったSuicaを持つようになりましょう。

    瓜田に銭を入れず。資産家と疑われることをしてはいけません。現世は修羅場なのです。

  • どくしょかんそうぶん

    「メッセージ」を見た

    この映画を見たという方は以下の部分を選択して文字色を反転させ、文字を表示してその疑問について考えて欲しい…答えを知っているならコメントに書くなりして”メッセージ”を頂きたい。

    映画を見た事無い人にはネタバレではありますが、ばれたところでそこまで楽しみが損なわれるものではありません。作品を鑑賞しながら、あまりに納得いかなかったので。

    反転部分次の行から

    人類と彼らは向かい合ってコンタクトを試みている。その二者間に文字を出現させたのならば、彼らから見た文字と、人類が見た文字は表裏が逆になるのではないか。左右逆と言っても良い。ガラスを挟んで向かい合い、ガラスに文字を書いているような状態でしょう。文字の解析は人類側から撮影した映像を基に行っているので、左右逆の文字を解析している事になる…と思うのだが。これじゃ文字を正しく解析できないのでは。「彼らの文字は裏から見ても同じ意味になる」とか、「そういう概念が彼らには存在しない」とか、「人類側から読めるように意図して書いた」みたいな描写、映画中にあったっけ?

    反転部分ここの上まで。以下レビュー。勿論ネタバレ。

    なんだこれ。「メッセージ」と題して、メッセージはどうでも良いというか…伝わらなかった。超能力を授かり、未来がわかるようになった!おかげでいろいろ解決した!…そういうこと?もっとメッセージの読解部分にフォーカスしても面白かったと思うんだけど。いつもどおりのアレとしか言いようのないいつも通りのアレでお話が進んで。原題は”Arrival”というわけで、まあメッセージはどうでも良いか。

    …えーと、ま、駄作でした…。

  • ふでのゆくまま

    安全第一

    各駅停車の電車に乗った筈なのだけど何故か駅を通過。前のほうの車両の吊革につかまって立っていたので通過する駅のホームを見て、あれ?って思った。程なくして急停車。なんだなんだと思っていると、車内放送で案内があり、20分ほど待たされて元の駅までバックして、その後は何もなかったかのように運行。

    何もなかったわけない。不自然だ。車内放送は「停止位置を大幅に超えたため戻ります云々」というけど、どうもブレーキの気配もなかった気がする。運転士が居眠りでもしてたんだろうか?だったらすぐに降りないと次には命が無いかもしれない。

    普通より早い時間の出勤で、多少遅れても言い訳がたつ、というような事情もあり焦ってはいなかった。このまま乗っていて大丈夫だろうか、次のカーブでひっくり返ってすっ飛んでいくのでは、なんてことを心配しないのがこの国の暮らし。福知山線の事故の経過とされる文章を読むと、ぞっとする。多分、おそらく、もしかしたら、だけど、この事故の車両に乗っていた人でも、なんかおかしいだろって気付いたひといたと思う。月曜日の午前9:00過ぎ、降りて乗り換えたり待つような余裕のある人が多いとは思われないけど、もしかしたら、亡くなった方の中には、これに乗ってて大丈夫か、なんて思いながら事故に遭った方がおられたかもしれない…。降りて助かったという人も、いるのかもしれない。

    自分が体験した急停車、ネット上で全く騒ぎにはなってないなーと思ったけど、一部マスコミのニュースにはなっていた。

    http://www.asahi.com/articles/ASKC23D3YKC2UTIL00H.html

    レインマンて映画見た事ある人多いと思う。彼は、カンタス航空の飛行機じゃないと乗らないと主張して兄を困らせる。今までに一度も墜落してないからと。この行動は精神的には病理のほうへ分類されるもんだと思う。「生活」が破綻しかねない。

    安全第一にも限界があるんだろうなー。ちょっと危険でも良いから電車うごかしてくんねえか?みたいな割と大参事にはならない程度には、質の世さが担保されている、されて、され、されているといいんだけど、謎のO-157流行とか、精鉄がどうの車の検査がどうの、ちょっと価値観変えないと命が危ないなんてケースが増えてくるんでしょうか。これについていつもながら、まず自分の考えはこれ。

    めんどくせ。

  • fuckyeahinternet

    チャーリー・ゼレノフは何がしたいのか

    (11/7 非公開のつもりが途中で公開になっていたので、最後のほう追記)チャーリー・ゼレノフという人物がいます。(英:Charlie Zelenoff)インターネットのネタに詳しい人なら見た事あるかもしれませんね。以下簡単にかいつまんで説明。ググって出てきたもの読んだほうが早いです。自分は知ったの最近です。

    ネット上で俺はボクシングの真の世界チャンプだ俺は最強だと吹聴。ここまでならたまにいるイタイ人。SNSなんかでボクサーを罵り、挑発し、実際に対戦に出向く。えええ…。結構いろいろな人と対戦していますが、一番の大物は本物の世界王者、デオンテイ・ワイルダー。いやいや嘘だろ…。もちろん全く相手にならず。これは度が過ぎたおふざけ、といったところですが、おふざけにしては度が過ぎる罵り方をしています。ワイルダーの家族や人種差別的な発言があったようです。細かくは知りませんが。まあ当時の話題にもなったのでこちらをごらんあれ。

    いちおうボクサーとしてのキャリアはあるらしく(プロキャリアでは1戦1負ですが)、素人相手なら逆にフルぼっこに出来るほどには動ける。しかし素人目にも彼の足さばきはたどたどしく映り、さもありなんというところ。

    というのが3年以上も前の話。おふざけにしては度が過ぎる罵り方をした相手の所に、のこのこ本当に出向いていくというのは度胸がある、しかも相手は本物の世界チャンピオンのボクサー。頭おかしいんじゃねーの、てーか、本当におかしいのでは?彼の事が話題になり始めてからすぐにこれは本物のメンタルの病気だという指摘があったようです。それだと合点がいくというか。

    ただ他人よりも上を行くという厳しい世界で、才能がなくとも努力でなんとかしてしまうような人、案外こういうメンタルの人も多いのかなと思います。ボクシングだけが、彼が辛うじて現実世界の枠の中で過ごせる希望なのかもしれない。そう考えるとさあ…「うっはへんなのいたwww」では済まされないストーリーがあるような、ないような。

    わかりますよ、病人つかって感動的なストーリーを語って悦にいるようなことをするなって。まあおちつけ。Extremeというお気にいりのバンドがいました。そのアルバムに、「III Sides To Every Story」という作品がありました。 物事には三つの側面がある。一つはお前から見た事実。二つ目に自分から見た事実。そして、三つ目に物事の真実。真実が大事とか最後に残されるとかではなく、三つ並んでいるということに感銘を受けました。

    チャーリー・ゼレノフは精神に問題がある。彼はボクサーにケンカを売ってボコられた。これは彼から見た、「お前」の事実であり、現状では真実と言って差し支えない。彼自身はどうなんだろう。やはりただの病気で事実を受け入れられずに日々を過ごしているんだろうか。あるいは、彼には何か事情があってあのようなことを、現実を自覚の上で行っているのだろうか。ただ虚勢を張るだけならずっと俺が最強だ云々、クダをまいてれいばいい。しかし本物の世界チャンピオンに挑んで当然のように歯が立たず、それでも俺が最強だというのは、勝てるという執念でもあったのか。その割にはとても覚悟を決めて挑んだ戦いぶりではない…というのは、動画を見ればわかる。本物をまざまざと体感し、その場でへたり込み、しかしすぐさま悪態が口から出る。あとは無限に言い訳が出る。次は勝つとか、そんなのじゃない。俺の勝ちだとか言い出す。

    この態度には、ナイフで人を刺して歩き回りながら、銃を突き付けられて身柄を拘束された、あの通り魔を思い出す。警官にも一度は襲い掛かりながらも、銃を出されると大人しくなったのは、銃には勝てないと判断したのではないかと、そういう理性があったのだと指摘したのは、…日野晃氏だったかなあ。

    ちょっと逸れたか。チャーリー・ゼレノフは何か主張がある。話を聞いてやろうじゃないかという周囲の態度に乗ったが、散々な結果に、何かまだご不満がある。俺が最強だとさ。銃を取れば俺の主張は通るという発想に至らないでほしいものだ。しかしそれは、残念ながら時間の問題という気がするのだが、どうだろうか。人が銃を使う云々と主張してやまないライフル協会様には、是非ともその人とやらをコントロールして頂きたいものです。

  • どくしょかんそうぶん

    「地球、最後の男」を見た

    クッソ評判悪かったので、という理由です。悪い癖ですね、amazonプライムに並んでいたので見ました。一応ネタバレですよ。

    評判ほどに悪くないと思ってまったり見てたのですが、エンディングに向けて何も解決しないのが凄い。作中のシチュエーションも、見ている側も、どうしたんだこれはと言いたくなる。それを見た人が面白いと思うか、とか、陳腐と思うか、示唆に富むと思うかまだハリウッドはこんなこと言ってるのか全員BOTなんじゃねえの、とか、そういう映画の内容以前に、制作陣に何かアクシデントがあったのではと思ってしまう。脚本が製本時に何かとミックスされたんじゃないか。

    類似作品との比較とかシラネ。同日に「月に囚われた男」を見たけどシラネ。

    以下本格的にネタバレですけど。ISSで任務中の宇宙飛行士がアクシデントで宇宙に取り残された、状況は改善しないままに数年が経過、精神も不安定になり、彼の生命を維持しているISSの機構にも不調が目立ってきた。ああ彼はどうなるんだろうか。という実に分りやすいストーリーの全てを捨てて…彼は唐突に宇宙空間のどこからか漂ってきた物体に乗り込み、以下は意味が分からない展開で終わり。ここで酷評の理由が判明。

    映画にはテーマがあり、それを観客にストレートにぶつけるもまた良し、と思うのですが、本作はなんと”映画部分”の意味がない。最後のメッセージだけYoutubeの広告にでも出せばいい。映画の主張するメッセージをすべて受け入れても、そこまで映画の内容が全く解決していないと思う。すごい。どう凄いのか言い表せない。何かほかの映画で例えることができるだろうか。憂さ晴らしに息抜きにちょっと並べてみようじゃないか。

    ライアン二等兵は戦場に孤立し、なんとか生存を試みる。友軍の救助部隊の到来を信じ、必死に耐え抜くがああもうだめだ、息も絶え絶え、死を覚悟して戦車に向かって銃を一発撃つと、地面からカエルが出てきて巣穴に案内される。巣穴に入ると、カエルに人間の言葉で愛って素晴らしいよねって諭されたメッセージが画面(映画を見ている人の眼前のスクリーン)に表示され、エンディング。

    新たにこの街に配属された刑事は、退職間近のベテラン刑事とコンビになる。猟奇的な連続殺人事件が発生し、これはキリスト教の七つの大罪に準えた殺人だと発覚する。次の犠牲者は。犯人は。しかし犯人は不遜な態度で刑事たちに接触を試み、ついには自首してきて、刑事をも生贄にして自らの計画を完遂させようとする。人気のない土地へ移動を要求され、何が起こるかわからない状態で待ち構えていると一台のトラックがやってくる。あれだ、あれに犯人の仕組んだ計画があるに違いない。一同がかたずをのんで見守るなか、トラックは運転を誤り横転して大破。自動運転ならこんなことは起こらないから安全だよってメッセージが画面(映画を見ている人の眼前のスクリーン)に表示され、エンディング。

    親の目を盗んで悪い遊びを覚えたような少年たちが、森の奥にある死体を見に行こうと線路沿いを歩いていたらスマホ持った兄貴に出会っておい死体の画像見たか?って見せつけると、冒険なんかしなくてもよい、そうiPhoneならねってメッセージが画面(映画を見ている人の眼前のスクリーン)に表示され、エンディング。

    シュワルツェネッガーが銃を担いだけで敵が全員降伏し、戦う男は孤独だってメッセージが画面(映画を見ている人の眼前のスクリーン)に表示され、エンディング。

    ボクシングやってる青年の意中の女性が画面(映画を見ている人の眼前のスクリーン)に表示され、エンディング。

    この作品見る価値ないです、と画面(このブログ読んでいる人の眼前のスクリーン)に表示され、本作のレビューおわり。