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RSS広告ってダメですかね?
初めてRSS広告に気付いたのは@ITかなんかのフィードを読んでいるときだったかな。LDRで読んでるフィードを良く見たら RSS AD とかバナーが表示されてて。RSS広告社は知人が関わっている(らしい)ので名前は知ってたので、「ほお、これがねえ。ふうむ」ととりあえずじろじろと眺めてみた。んー。良いじゃないですかねえ?鬱陶しいとも思われないけどな??個人的に、どうしても画面の半分以上がgoogleアドセンスで埋まってるようなサイトって見に行きたくないのね。HTMLがvalidだろうと、人間の目で見て無駄に見難いものって、アウトのような気がするんだ。たとえ見難くはなくても、本文と同じ背景色、文字色、リンクの色ってのは、意図的に誤認クリック誘ってるような気がして(この辺はあくまで主観)デザイン的にはまとまっているという評価になるんだろうけども、釈然としないというか。伝統的なアダルト動画サイトの手法にすら思えてくる。LDRだけで数千人読んでるweb技術系のサイトからもそういう印象を受ける。(何度も言うけど単なる主観。blogに書いておいて主観主観って言い訳も酷いけど)
ではどうすれば?ってところで自分には具体的な知識も技術もないけど、@ITのフィードに付いてるRSS広告を見る限りでは、うまいことやってるなあって思った。RSSのフィードで読んでいるから、最初から他の広告はなくて、シンプルな書式のテキストがメイン。RSSリーダーの種類や設定によっては画像もでるけど、それでも元のブログの記事の広告画像までfeed投げてるなんて聞いた事ないよ。どうあってもざーっと記事の概要を掴むのがまず第一の目的だから、シンプルにならざるを得ない。そのフィルターを経た状態で広告を入れる。ひと目で広告とわかる部分になっていることが鬱陶しさを軽減させていると思うんだよねえ。そんなにダメですかねー?
小首を傾げながら実際にF.Ko-Jiの「一秒後は未来」で取り上げられている事例を見たら。
こりゃ酷いわ。
メールに例えたら、メールマガジンに登録したらメールの署名部分に控えめに広告が載っているのと、広告のスパムメールが届くぐらいの差があるじゃないか。あとは手相の勉強に協くぁぁwせdrftgyひゅじきgtyふじこ
ほんとにねえ、この辺の話にもっとこう、クールな解決策ってないもんですかね?
ところで、書いてて思い出したんだけど、りそなのATMも広告画面みたいなの経由しないと取引できないようになってない?「確認ボタンを押してください」みたいな。まああれは自社サービスのご案内だからなんとなくそれでも良いか、って気分にはなるけど、なんだかなあ。
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オブジェクトしこー
英語のブログを読んだりしてると、自分が書いたりする英文とあっとー的に違うのはまずなんといっても一つあたりの英文の長さ。一つってのはここでは単純にピリオド単位ってぐらいの意味で考えておくんなまし。で、長い所以たるや何事かといひますと、thatを省略した形の、えーと、えーと、関係代名詞で良いんだっけな、その構文。別にカンマ区切りで長いのもあるけど。それを母国語にする人には特に「長くて読みにくいなあああ」なんてことはないのかもしれないけど、翻訳しながら読む身分であるこちとらには、「彼女が言うには彼が昨夜連れて帰った二人の友人と子供と一緒に持ってきたピザがどんどん冷たくなったというその理由は明確だった」・・・なんだこれ、ってなる。子供がピザを持ってきたのか、自分が子供を連れて帰り、荷物としてピザももって帰ったのか、はてさて。
ここいらあたりの理解には、文章の意味的に、あるいはしっかりとした文法の部分から、一時的な「群れ」を脳内に記憶し、それを他の文章などに出てくる代名詞に代入する作業が必要になるんじゃあないのか。んー。
日本語にしてから考えるっていうなら以下のようなのはまだ簡単。
He loves to eat pizza with listening heavey metal.
But his wife dosen’t (____).(____)に入るのは自分の理解じゃloveになる。で、彼の妻はメタル聴きながらピザなど食わないと。
ところが、何かデータを引用したりする長い文章だと、結局のところ「『それ』が前回の調査と比べると疑わしい点が多いという理由により彼の以前の『それ』の代わりに云々」などという日本語がまず導き出されてしまう。わかんね。で、テストなんかだとさらに顕著なんだけど、『それ』とかの内容を前提に話が進むのでまったく混乱を極めるって按配だああああ。
メモに書く、とかいうのは当然取り得る対策だとしても、そのメモに書き出す内容を決めるためにも、自分の脳内で『それ』とは何かを探りながら他の文章を読み進めて行ったりする。ある時には、話のオチまで読んでわかることもあるし、全く意味不明な文章の流れだけが頭に残ったりする。
あ。これってプログラム。メモリに読み込ませていって、あるタイミングで実行する。自分はこの、一時的に情報を頭に記憶しておいて、その後の会話などで使うってのが苦手で。会話が進む間にそれらの情報は当然更新されていくわけで・・・。でも英語は不得手ではない。これは人類の脳の秘密を解明するヒントなのでは。
なんだこの記事・・・。
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fitterhappier
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更新頻度あげたいですね。
特段の事情がなければ一週間も開けば怠慢でありんす、すいません。ある物事の不履行に際しまして、世間一般では「身内の不幸」なんてのが定番の言い訳ですが、そんなことやってると「君の祖母は毎年身罷るのかね??こらっ。」「あ、いや、あのう」などと筒井作品の一場面になってしまう。のとは対を成して、PCが死んだというのはいくら死んでも死に切れず、何度でも蘇っては死ぬと言うことで、言い訳としてはすばらしく便利!!!
だったのはもう昔の話、いまどきどっからでもインターネットはご利用可能でありまして、勤務先からブログに書くぐらいできるし、携帯から簡単なメッセージを投げることもできるのですよ。だいたい、PCをすぐに再稼動できる準備をしておかないのも怠慢でありんす、すいません。いや、こんかい自分のは死んでないけど。
ともすれば、唐突にある人のweb上での更新がなくなった場合は、真面目に身の上を案じるのが昨今の風潮。これは当然のこと・・・。近所の老書道家(や、単なる爺さんの趣味であったのかもしれないが、自分の中では書道家ってことにしといた)の作品が自宅前のショーケースに飾られていたのが、最近取り払われてしまって、空っぽのまま暫くになる。見た感じかなりの高齢であったようなので、残念ながらそうなのかと受け入れるしかないわなー。
自分だったらどのぐらい姿を消せば、「ら。はどうしたんだろう?」なんて心配されるんだろうな。「便りがないのは良い便り」ってえのはもう今の時代には無理があって、返事がない、それは本当にただの屍になっている可能性が高い、高すぎる。
インターネットもやはり既存インフラに乗っかっているわけだ。いつかあったみたいに、広域停電にでも巻き込まれれば使えなくなる。けれど貴方がメールの送信でもブログの更新でも良いけど、する意思があったとして、国内で普段どおりの生活をしながらも一ヶ月以上の長期にわたり全く更新できないって、想像つく?
おお、いるなあ、って確認するだけでも心安いならば、やっぱりインターネットを使うと便利なんだと思う。ブログが更新されているなあ、とか、チャットツールにログインしているなあ、とか。
前置きおしまい。その、空っぽになったショーケースをみて耐えられなくなったので、実家の親をインターネットに召集することにした。PCを贈った。つうか手渡した。あとはプロバイダーと契約してくれればそれで良い。いまどきの新規契約ってどうなってんだろうか。自分のときはゲートウェイの設定とかのマニュアルが付いてきて、当然ながら全く意味もわからずにDSNのIP設定した記憶がある。
いまだに一人立ちとはいえずに日々を暮らしている自分が、ようやく両親に対して自分の「暮らし」をお届けすることができる。せけんいつぱんで言うところの、両親に結婚を考えている恋人を紹介するとか、そういう感じ。親から何を受け取ったのか、正直わからないんだけど、いまフィードバックを送る準備が、少しだけできた。
でも、その時間が余り長くないんじゃないか、ってことも少しわかった。
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中野駅北口に超絶技巧の落書きがあった!
昔の元気が出るTVのオープニングのノリでタイトル付けてみたけどわかるひとおるやろか。それは兎に角、中央線ユーザなら知ってるだろうあの落書きの写真を撮って来たのでflickrにあげておいた。場所などの情報もそちらにあるので御参照。
(削除されました)
去年の今頃は御大JBのイラストだったが、今のは一体なんなのだろう。呵責とはどういうことだろうか。しかし携帯のカメラでは日中の屋外撮影などこの程度だろうなあ。