どくしょかんそうぶん

「ドライブ・マイ・カー」を観た。

なんか話題になった作品だと。そして「ドライブ・米・カー」の元ネタである、ぐらいの認識だった。しかしあるとき、そんな芸人のyoutubeチャンネルやら適当に流しながら作業していると、めちゃくちゃいい歌が流れてきた。「グランドエスケープ」という曲だった。誰やねんとググるとこの「ドライブ・マイ・カー」に出演している三浦透子という女優さんが歌っているバージョンだという。折角だから映画も観てみる?

※観終わってから「インターナショナル版」というバージョンだったと気づいた。何か違うのかね。

この主役の人の話し方は素なんだろうか、役柄なんだろうか。作中の設定とそこでのロシア文学?の演劇という題材もあって、あえてこういう話し方をするトリック仕込みの作品なのかと少し疑いすらした。カメラを止めるな的な…。話し方というのは、いわゆるダイコンという意味ではなく、朴訥といえば正しいんだろうか。そして主役のみではなく、全体的にどこか不自然な言葉という印象を受けた。なんでだろう。朴訥なのは静かに淡々と進めたい作品と言う意向だと納得もできるが…うまく言い表せない違和感。なんだろうなあ。

んで、またセックスの話でてきたよって辟易する。「また」っていうのは個人的に日本映画あるあるなんだよね。人間関係はセックスで済ませる、みたいな。あるいはイタコみたいな超常現象が起こって物語に都合が良いのか。これがテレビなら、お色気シーンだけでも視聴率を高くする工夫だって、こち亀で書いてあった。その通りかと思う。水戸黄門だって入浴シーンがあったりしたと思うし、バカ殿はおっぱいポロロンって出てた。時間単位で人の目を引き付ける工夫ですな。

そのテの工夫と同じベクトルに感じてしまう。ちんぽまんこ見えてますぐらいやるなら、それはそれで面白いかもしれないが、興味深いって面白さじゃなく、失笑してしまうかもしれんよそんな場面が出てきても。でも一時停止で確認ぐらいはするかな🤔🔍

あと、警察の人が劇場でマイク借りて使う場面は、何かのパロディかオマージュだと思うのですが、わかりませんでした。あるいは実際の逮捕でそういう事例でもあったんでしょうか?演者のアドリブでしょうか。

作品を知った経緯に反して、ずいぶんつまらなかったという印象です。しかし3時間の鑑賞に堪えたのは、映画の造りが上手だからでしょうか、正月休みで時間だけはあったからでしょうか。

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