ふでのゆくまま

  • fuckyeahinternet,  ふでのゆくまま

    青空文庫の引っ越し

    いつの事だったか、青空文庫が新しい環境への引っ越し検討していると目にした。日本のインターネットを代表するレベルの大御所webサイトだと思う。いよいよ新しい環境での運用が始まりそうだ。とはいえ、部外者には細かなところは全くわからない。今だって年一の挨拶で更新される「そらもよう」以外に情報はない。遡ると2022年の年頭までには計画が始まっていたようだ。

    新しい環境のミラーサイトもしばらく前から公開されている。表立って大きく機能が増えたりということは…ないのかな?

    https://www.aozora-renewal.cloud

    このwebサイトが提供する価値は確固たるものがあると思う。だから活動の軸がぶれないのだろう。機能を増やしてみるなどという事も、もはや必要ないのかしら。例えば物凄い高パフォーマンスをたたき出すサーバである必要もない気がするので、新しい試みのためというよりは、次の数十年このサービスを存続させることを見据えてのお引越しなのかもしれない。

    ここのところ、読んでみたい書籍が意外と電子書籍になってないものだと気付いた。「風の谷のナウシカ」の原作っていうのかな?漫画版のやつとか、宮部みゆきの「模倣犯」や、「ユリシーズ」など。そりゃあ当然、誰かが電子書籍化の作業をしてインターネット上で販売、あるいは公開せねばならない。既に紙書籍で販売されているとなると、電子書籍化以前に、ビジネスや著作権法上の問題がクリアできてないとその作業に手を付ける事もできないのだろう。…たぶん。公開してないだけで下準備ぐらいはされてたりしねえのだろうか。

    (ここで、電子書籍化って具体的に何をするものなのか、技術的な面を何も知らんもんだなあと思い当たる)

    青空文庫で取り扱うものは話が少し別で、平易に言えば著作権が切れた作家(作品)が対象になる。公開形式もhtmlやテキストファイルであって、作るのにも読むのにもそこまで特別な環境は要らない。作成者はボランティアの皆様。青空文庫のこの方針は、おそらくは今回のリニューアル後も変わらないのではないか。

    このまま何十年か経過したら、どうなっているんだろうと想像した。例えば、電子書籍としてしか販売・公開されていないような書籍はどうなるんだろう。今でも現存すると思う。Amazonにも個人で描いた漫画みたいなものは山ほどある。無料の物だってある。文学というジャンルだってあるだろう。青空文庫での扱いはどうなるんだろうか。今まで同様、ボランティアの手によりwebブラウザで閲覧可能な形に変換して公開するのだろうか?そうだとしてもいったい、何年先の話なんだろう。

    そもそもが、著作権が切れたものを残すという主旨の筈なので、原典が紙だろうと石板だろうと電子書籍だろうと、権利が残っているものは青空文庫に載らない。明示的に自由に使えるという許諾があるものは別のようだ。そして、広い意味での電子データになってない書物を残すこと、デジタルアーカイブ化に本質的なサービスの存在意義があるというのなら、最初から電子書籍だったものは対象外だったりするんだろうか。うーん。

    ま。

    仮に、今後の電子はシラネってスタンスでも、青空文庫は現時点で十分に大きな役割を果たしていると思われます。今後の引っ越しでどうなるか。何も変わらんなあ、でも十分にアゲ👆

  • ふでのゆくまま

    まあ雑記

    有名な宮沢賢治の「雨ニモマケズ…」を青空文庫で読んだ。最後にお経のようなものが並んでいて驚いた。俺は初めて読んだんだろうか。もはや覚えていない。冒頭と、玄米四合のあたりだけ記憶にあった。…そもそもなんでこれ有名なんだっけ?

    https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card45630.html

    という文章にインスパイアされたわけでもないけど、本当に一日に玄米を4合食った。朝に2合炊き1合杭食い、昼に1合食い、夜に2合炊き全食いうおおおお。大満腹でありますね。納豆と焼き魚、鯛の刺身とか、さらには牛タンやら酢の物、筑前煮、大豪勢。また、玄米に味噌を乗せて柚子七味唐辛子をまぶして食ってみたりもする。うーん。うめえ。今後も玄米で良いのかもしれないな。炊飯器で普通に炊けるし、水加減を少なめにしても好みの感じに炊ける。今さっき書いたとおり、メシが好きすぎてとんでもない量を食ったりするので、日常的には炊かないようにしているという状態も踏まえたうえで、白米より良いんじゃねえの。うどんより蕎麦ぐらいの感じで。

    ついでに青空文庫の話を連打、「ルバイヤート」があったので読んでみた。しかし特に面白いものでもなく、ざーっと流し読みして終わってしまった。その名前は世界史の授業で習ったんじゃなかったかと記憶しているが、なんでこれがそんなに有名なのか、イミフだったので調べてみる。よーするに、「酒のめうぇーい」みたいなこと言ってるのがウケたらしい。書かれたのは十字軍とバチバチやってるころのペルシアだけど、西洋では19世にこの作品が発見されて人気になったと。「昔の人はこんな事いってた!流石だ!」みたいな感じだろうか。例えば今の日本で徒然草とか土佐日記がウケるようなもんか?🤔あるいはそんな呑気なものではなくて、当時の世相というかそういうものにマッチしたと…AI君しらべではこの本が発見されたころ、「共産党宣言」とか「種の起源」あたりが西欧では話題になって、当時の価値観にゆすぶりをかけていたと。いわゆる教会と聖書みたいな価値観?本書はゆすぶりの追い打ちみたいなもんだったのか。太古の詩でそんな揺らぐもんかね、って思ったけど、聖書だって太古の書みたいなもんで、それでやってきた価値観だから、置き換えて考えてみるのも当時の人には受け入れやすかったのかもしれない。妄の想でやんすが。

    https://www.aozora.gr.jp/cards/000288/files/1760_23850.html

    新たな収納を導入した。旧収納から移動させる時こそが合理的な断捨離の好機なんだけど、どれだけ収まるか検証も大事なんではと思い、ドゴシャと全量詰め込む。目論見通りに収まり、結果として旧収納の設置場所、80x80x天井までぐらいの有効スペースを増やすことが可能になりそうだ。しかし有効活用の予定はない。だから、何か新しいものを手に入れて置いてみるかという考えもあるけど、これ以上物を増やしてどないすんねん。もし部屋にある全てをうまく再配置してみれば、今より良い感じになるかもしれない。

    👆…というその再配置もやってみた。住居空間の占有効率は良くなったが、収納内の効率が落ちたような感じ。生活導線の改善はできたからええか。賃貸一人住まいで導線ていうのも大袈裟な感じあるけど、確かに今までより効率的に外出の準備とか着替えとかできるようになったった。QOLとかいうの、これのことかね。

    投票日が雪の予報ということで、期日前投票。同じ事を考えている人多数と見えて、案外賑わっていた…ような?期日前なんて滅多にやらないしわからん。寒々しい会場で対応してくださった皆様お疲れさまでした。あれって市役所職員なのかね?

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    踝にはためく風の冷たきこと

    関太よりは細い、しかしどうみても肥満、という身体的特徴なので諸々あります。パンツ(ズボン)の股が擦り切れるというのはあるあるで、こすれて薄くなり、やがては穴が開いてしまう。股下が広い?大きい?ものだったらそういう事も少ないのですが、わりとフィットしているものだと避けられない。いや痩せろ。

    素材や利用頻度にもよるんでしょうけど、6年ぐらい履いたデニムにとうとう穴が開いた。もちろん予兆はあったので、ついでとばかりに何本か新しいパンツをお買い上げしておいたのだが、ネットで買ったため、裾がながーーい。ものぐさなので放っておいたものの、穴が開いてはこいつらを稼働させねば致し方なし。今回もアイロンで圧着する裾上げテープで対応しようと思っていた。以前試したときはうまくいった。

    といった頃合い、洋服のお直しをやっている店があった。持ち込んでお丈の調整を願いしてみることにした。後日、無事に受け取り。勿論何の問題も無い。頼んでよかった。今では家庭にミシンなんて無いことが多いと思うけど、昔のカーチャンはこういうの自宅でやってたんだろうか。

    粗大ごみ出荷待ちをしている椅子が部屋の中に置いてある。邪魔なのだけど、取り込んだ洗濯物とか薬局で買ってきたものとかをまずはドカッと置く場所として重宝している。世の人はソファでこれをやるらしい。ソファとは洗濯物置き場だとすらも。ソファのある暮らしをした事ないなあ。今後する予定も…見当たらない。広いおうち、ただくつろぐだけの部屋…。しょんぼり(´・ω・`)

    I’m sofa king live alone.

    夜明け前の非常に寒い薄暗い時間帯、神社に人影、らしきもの、があってギョッとする。神殿の前でじっと立ち尽くしている。たぶん手を合わせて願掛けしているのだろう。個人の願い事なんてすぐ済む。なんなら敷地に入らず、横目に通り過ぎる間に済んでしまうようなもんだろ、お金が欲しいとか無病息災とか。そんなもんでいいよ。しかし、あの人影の様子は自分のための祈りではないんだろうなと想像してしまった。なんの事情か知らんけど、こんな時刻、そんな様子、どうしてもお願いをする必要がなにかしらあるんだろう。目は開けているだろうか。物言わぬ社に、少しでも祈りの届いた印でも顕れないかと暗がりを凝視している、そんな風に思えた。俺の足音は耳に入っているかもしれない。邪魔してしまったか、菩薩到来を誤認させてしまったやもしれん。あなや、セキフトシヨリハホソイノミコト、貴下の祈りを聞き入れるに能わず、丈が合わぬゆえ。

    七草粥を食べた事ないのは、まずお粥が好きじゃないからで、たぶん七草自体は食べられないということは無い筈。って調べたら、セリ以外の食材になんの心当たりもねえわ!すずなとすずしろがカブとダイコンの事らしいのでそいつらは良いとして、残りは何処で出会えるんだろうか。七草粥セットみたいにして売られているのは存じ上げてますけど、単体で売られたりするのだろうか?

    二月。

  • えさのじかんだ,  ふでのゆくまま

    七草粥に砂糖を入れる風習があるらしい

    自分は七草粥自体を楽しみません。つーか食べたことない。お粥それ自体が苦手なので…しかし正月休み余韻の頃、ぼんやり七草粥のwikipediaをその情報量に圧倒されながら読んでいると、とても興味深い記述がありました。

    七草のうち手に入るものを入れた粥に、白砂糖をかけて食べる

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E8%8D%89%E3%81%8C%E3%82%86

    東京は品川の風習と紹介されています。この情報の出どころは、「日本の食生活全集」という日本各地の食生活を網羅した大変なボリュームのありそうな書籍のようです。実際には読んでないので不明。

    で。おはぎやおしるこだってありますので、米や餅に砂糖というのはそこまで奇抜だとも思いません。しかし七草粥に砂糖とは🤔この記述だと、出来上がった七草粥の仕上げに砂糖を振りかけるような印象。

    裏を取るべくインターネットで調べてみると、この話がいくらでも出てきました。

    https://hisakobaab.exblog.jp/238970504

    https://kosuzume2.exblog.jp/7798239

    https://ameblo.jp/rumieimur/entry-11746341325.html

    https://www.hinode-net.com/weblog/?p=4712

    https://www.instagram.com/reel/DTNIhLuAS1a

    https://www.navi-tomo.com/user/blog/diary_detail768954.html

    特にはっきりと書かれているのはこちら。これまでのリンクの情報から考えてみると、江戸である程度生計に余裕があるような家庭では、砂糖をまぶした七草粥というのは、当時そこそこ一般的な頂き方だったのではなかろか。

    https://www.museum.city.katsushika.lg.jp/blog/2021/12/post-20.php


    で、ここまでダラダラとネット徘徊したところでふと思いついたんですが、最初から砂糖だったんだろうかということ。関東で「たぬきそば」っていうと揚げ玉が乗ってますが、もともとはかき揚げとかの具材が乗った「天ぷらそば」があった。そこからの、揚げ玉を使ってみたというのがたぬきそばってわけでしょう。だから、最初から七草粥に白い砂糖をまぶしたのではなく、当初は砂糖に関連した何かを乗せていたという説はどうか。

    例えば金平糖とかどうだろう。そこから、江戸っ子の気性で気が短けえんだてやんでい、いうて砂糖をぶっかけたとか。羊羹、氷砂糖とか。まかさ落雁ってことは…どうだろな。

    ううむ推論が雑ぅ!冒頭に挙げた通りそもそも食べたくもないので、実践もせず、この辺で匙投げます。実際に食べた事あるかたいらっしゃいますかね。

  • ふでのゆくまま

    そんで、2025年は

    いつものように暮れて、2026年が爆誕の運びになりました。臥床したら賀正。爆笑ですね。ここ数年のように、大晦日はまだ夕方という時間に蕎麦を啜り、元日は夜明け前からお散歩などして年明けを迎えました。

    では2025年雑感のコーナー。買ってよかったのは電動シェーバー。ひげそり。5万ほどの商品を思い切って買ってみました。替えの刃とかクリーニング液とかさらに追加コストがかかりますが、なかなかに快適でした。あと枕も買いました。あまり期待してなかったけど、西川の枕が良い感じです。

    冷やし麦茶を通年運用しました。2025年正月の休み中からずっと冷蔵庫には麦茶がいました。ストックには笑福亭鶴瓶がずっといました。2026年もつづけようかな。その代わりなのか分かりませんが、箱買い炭酸水の頻度が少し落ちました。特に冬には常温の炭酸水をガブガブというのがここ数年の通例でしたのに。

    あるテレビタレントの訃報をきっかけに、入浴時にかけ湯してから入るように心がけた。ヒートショック対策です。冬には湯船にとぼんと飛び込んでじわじわと暖まるのを楽しんでいたのですが、そんなことはもう止めです。しかし、今度は湯上りの脱衣所、洗面所の寒さも懸念すべき事項だということだ。うーむどーすんのよ。

    読書につきまして。一番面白かったのは「ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス」です。次点で「戦争は女の顔をしていない」でしょうか。音楽は2025年の新作は何も聴いてない。もう何年もそうだよね、買ってないもの。2025年発表の映画で観たものは「関心領域」ぐらいだろうか。

    各々感想文はこちらです。

    ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス

    戦争は女の顔をしていない

    関心領域

    そろそろ座右の銘に「事実は小説より奇なり」とか入れるか。そのぐらいドキュメンタリー・ノンフィクション寄りの作品にばかり興味を向けている。特にここ最近というわけでもないのだが、応援している作家とか居ないからではないだろうか?新刊とか何かを待っているということがない。だから、たまたまネットで目にした事件・珍騒動とかにその都度引き寄せられているのかもしれない。著者が誰かということを気にしていないわけだ。

    読書の話になる度に毎度名前を出してしまう村上春樹を、読む機会は今年もなかった。なかった、ってなんだよ。ポチるだけなら今すぐできるじゃねえかHAHAHA。代えて「カラマーゾフの兄弟」を年末に買いました。死ぬまでに読み終えると良いですね。拙ブログによると自分は五年ほど前に「カラマーゾフの兄弟」読もうとしたけど長そうって買うのを断念してました。五年経ってから買っても同じだ馬鹿者、しかし手元に物があるという事実は偉大な進捗。最初の一歩、の、手前の、靴を履くぐらいまでは進んだぞやったね!!なお、どうせ冷やかし半分ならと「失われた時を求めて」と「ユリシーズ」も探したものの、日本語電子書籍がなさそうで断念。

    しかしここで、まんが版の「失われた時を求めて」があった。漫画で消化して良いものだろうか、などと考えて手を引っ込めたが、俺は「罪と罰」もまんがで済ませたのであったHAHAHA。済ませた、ってなんだよ。このまんがで読破シリーズは「共産党宣言」とか「資本論」「君主論」なんてラインナップがある。結局まんが版の「失われた時を求めて」は読んだ。

    旅とか行ってないですね。旅どころか、2025年に東京都の外に何回出ただろうか?1回?ゼロかもしれないぞ。…本当にゼロなのではないか。何やってるんでしょう。

    そしてまた老化が進んだ。

    特大の不幸もなかったしほくほくするような幸運もなかった。否。大きく変わりが無いように見せかけているだけ。そのための労力が、徐々に堪えきれるものではなくなってくる。破綻は近い。グエー。

    それでは今年もやっていきましょう。よろしくお願いいたします。