2020年をふりかえる

「まんしゅうきつこ」が「まんきつ」に改名してた。…のは2019年の話だった。彼女の作品を読んだ事は無い(→読みました)

このぐらいのボケを冒頭にぶっこまないと、2020年を振り返ってみましょうと言いながらも、書く事がないんです。あの件のトピックが、あまりにも、あまりにも大きすぎた。「生活様式を変える」なんてやんわりとした表現。これはいかにも日本政治的で胡散臭く奥ゆかしく言葉に誠実さがなく意図がわからない。本音は「死にたくなければシェルターで震えてろ」みたいなもんだろう。しかしVault111には空きがない、そう、日本中が翻弄され続けた一つの事変が永遠にその名を刻んだのであります。あの件とは、そう、

レジ袋有料化

いやほんと、マジで、心の底から、なんなのこれ???グレタちゃんの怒りで日本沈没してしまうの?恥ずかしながら、導入初日に買い物に行くまで知らなかった。お会計の時に急に言われて焦ったが、店員さんも既に慣れた対応だった。もちろん、世界はグレタちゃんをあやしていたシェルターの中で震えていたわけではありません。香港に動乱あり、アメリカ大統領選挙もあり、ベイルートは爆発し、東アジアは雨が降りすぎ、中東は飛蝗に襲われた。(ヒマラヤとか日本海を超えれないから大丈夫なんて意見を目にしたが、現在どうなっているのだ)コロナについてはもう特に改めてどうこうって、無いです。

食わず嫌いの食品たち、また一度も食べたことのないものにも挑戦してみたが、全部だめだった。世のみんなが美味いと言うもので、まだ食べたことがないものが数個あるが、それらについては今年試す機会がなかった。今までなかったんだから、無理やりにでも作らないと来年以降もない。まあいいよね、別にグルメでもねえし…。

ある朝、高熱を出した。熱以外に何もなく、その日は寝たり起きたりしているうちに、体温は徐々に下がっていく。翌朝には平熱で、その後もなんていう事もなく。念のため10日ほど軟禁。

コロナ関連のニュースで、「胎内で死亡」という見出しに目を丸くする。んで、新潟に「胎内市」という地名があることを知る。「…ところであなた出身はどちらですか?」「胎内です」「えっ」「えっ」「あまりそう答える人はいませんね」「だってほかに答えようがありませんから。このチームでは胎内から出てきたのは僕だけの筈です」「えっ」「えっ」「あなた一人のわけは、ないでしょう」「そうですか?ああそういえば、あいつも胎内から一緒に出てきたんだった」「あー、あのデザイナーの」「いいえ。僕は実は、うちの猫と一緒に胎内から出てきたんですよ」「えっ」「えっ」


どうもふりかえっても内容が薄いな?そこで2019年のふりかえりを読んでみると、「今年も何か躍進できたような一年となりませんでした。」なんて書いてある。ああ、2020年もそうだった。きっとベテルギウスが破裂しても同じこと言ってる。

ま、みなさま良いお年を。

「スポットライト 世紀のスクープ」を観た

原題は”Spotlight”。良作でした。こういうマイナーな作品でも見れるからAmazonプライムさんは本当にありがたい、と思って調べたらアカデミー作品賞に輝く有名作品でしたのよ奥様。ヲホホ。カトリック教会が隠し続けた神父の性犯罪を、新聞記者が記事にする話。実話がもとになっている。

教会という施設には、縁がない。ご近所にあるし、外出すれば時折そのかたちを目にするんだけども、やはり縁がない。街中で見かけるものは、何か少し特徴的な造りの如何にも教会でございという建物がある一方、貸事務所みたいなところが教会になっていたりもする。日常的に人々が教会に集まる文化を持つような国でも、都市部でそういうのあるんだろうか。教会の要件なんぞ考えても思い当たらないが、人々が集えばそれで良いぐらいの感じかな。あとは神父なり司祭なりがいればさ。

キリスト者は毎週日曜に教会の礼拝に参加するんですってよ奥様。日本で目にする街角の教会にも、そのような告知が掲げられているのを目にすることがある。日時と、「お題」が書いてある。聖書のエピソードを神父が語るのかな。最近は日曜日の礼拝をyoutubeで配信しているところもある。配信をちらりと眺めたこともあるが、遠くからのカメラでややぼけた画質で配信されていたが、それは個人情報的な事情もあるか。宗教的なアイコンがはっきりとは見えなくても、なんとなく教会だろうなあと思える日曜日の朝の景色、称えよとばかりに眩く光が降り注ぐ。

光の降り注ぐ日に、おっさんが一人でいても不自然ではなく、小部屋があり、子供が一人でいても不思議ではないところ…。

神父というのは子供にとってどういう存在なのか、自分にはまったくピンとこない。作中では、子供にとっては学校の先生みたいな、憧れを持つ対象だったように描かれている。この”作中の子供”というのは、事件の被害者だ。神父だから贖えなかったというようなセリフもあった。

本作では(つまりは実際の出来事としても)、新聞社の取材により教会が組織的な隠ぺいを行っていたことが明るみに出る。記事が出ると、他にも被害を訴える人々が名乗り出て、称えよとばかりに眩い光の矢が降り注ぎ、大炎上する。そう、確かに大炎上したというのに…。

主は言われた、「もしソドムで町の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」。

アブラハムは答えて言った、「わたしはちり灰に過ぎませんが、あえてわが主に申します。

もし五十人の正しい者のうち五人欠けたなら、その五人欠けたために町を全く滅ぼされますか」。主は言われた、「もしそこに四十五人いたら、滅ぼさないであろう」。

アブラハムはまた重ねて主に言った、「もしそこに四十人いたら」。主は言われた、「その四十人のために、これをしないであろう」。

アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしは申します。もしそこに三十人いたら」。主は言われた、「そこに三十人いたら、これをしないであろう」。

アブラハムは言った、「いまわたしはあえてわが主に申します。もしそこに二十人いたら」。主は言われた、「わたしはその二十人のために滅ぼさないであろう」。

アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。

https://www.wordproject.org/bibles/jp/01/18.htm

しかし、十人も必要ではなかった。子供たちが教会に集う日曜日、神はお休みだったのだ。神父はそれを見て良しとされ、ちんぽを出した。

志村さんどうぞう

東村山市に、亡くなった志村けんの銅像が出来るらしい。

人気もあった。他に東村山市に縁のある著名人と言われても出てこないし、東村山市にはすでに「志村けんの木」なるものまであるから、クレームもないだろう。費用については、クラウドファインディング的な手法で賄われるようで、2700万円以上集まったそうです。たけーーーーって誰でも思うだろうけども、きっといろいろあるんでございましょう。制作後も、メンテナンスや、数年後に改築になる東村山駅構内への移転に費用が見込まれるようです。税金で作ったら反対もされるだろうから、ファンにとってはこれで良かったんじゃないですかね。兄も反対してないようだし、志村けんは独身だったから子供も婦人もいない。仮に反対意見があったとしても、その意見をものすごく尊重せねばならないような人物はいなそうだ、ぐらいの計算はあったんじゃないかな。

話が大きくなると、儲け話にしようと思ってしゃしゃり出るようなやつ、おりますね、必ず。子供を自称するやつとか大丈夫か?それも表立っては揉めてはないから大丈夫そう。ああ、でも、そういう輩が出てくるとしたら、むしろこれからの話かなあ。こんなジョークを聞いたことないか。浅草の売れないベテラン芸人が「俺はビートたけしとは仲良しでさー」なんて吹いているところへ本人が登場したら、目も合わせられないって。

銅像作っている会社によるお値段感。https://www.kurotani.jp/publics/index/79/

ところで具体的なデザインは決まってるんだろうか。故人である志村けんを偲び、また後世に知らしめるビジュアルイメージとはどういうものだろう。自分は「髭ダンス」の映像と、髪を伸ばして後ろで結わえていた頃を思い起こす。みなさまはどうだろう?ほかにも印象深いのがある。でも、バカ殿みたいなのはちょっと銅像にするには趣向が違うんではないか。同様に、変なおじさんも違うかなーと思う。クセが強いぃ。

答えをgoogle先生に求めるとすればこれは単純な話で「志村けん」で画像検索をする。すると…初老の男性の姿という感じの。こんな感じだろう。まーー無難なものができるだろう。セクハラコントでみんな爆笑していた時代を連想させないような、腰元おっぱいを連想させないような、T代Mさしを連想させないようなもんができることでしょう。それで正解だと思う。自分だって担当者になったらそうすると思う。銅像としての相応しさを探し求めて、なんとなく「有難いな~~~懐かしいな~~~」と思えるものを作ると思う。

仏像かよ。

でも、女優にカンチョーしてニヤニヤしている助平な志村を、忘れたくはないのよ。

イルカと銅像の動画があったらオチにするかと思ったけど、見つからなかった。あれって志村だっけ?イルカの着ぐるみ着て「いるか?」とドアをノックする。中から、銅像の着ぐるみで「どーぞー」って答える。

昨今のコロナウイルス

収まる気配もない。ヨーロッパでは第二波が観測され、なんならパンデミック後いちばんのピークとなる勢い。人類が死滅するとは思ってないけど、どうだろう。ワクチン開発のニュースは時折流れてくるものの、あやふやで風説の流布程度の内容も多そう。都知事選にもそんな輩と同じでは?と思われる候補がいましたね。治療薬はどうだろうか。流行の初期から、新薬が一年ぐらいで出来上がる事は無いとの指摘があった。現状、その通りなんだろう。全人類的に抗体を得ていくだろう、という話も耳にするが、本当かな。

厚生労働省のページはこちら。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html

都民のみなさまはこちら

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/index.html

なんだこれ。

今後、興味を持てそうな情報もあまりない。「治療薬の目途が立ったかどうか」ぐらいのものだろうか。行動範囲内でクラスターが発生!みたいな情報には敏感にならざるを得ないが、【東京都】なんてざっくりレベルで感染者の数字だけ毎日チェックしたところでさ、何もならんよ。もうコロナ関係のエントリは〆にしましょう。正直なところ、Made in Chinaなのかどうかは強い興味があるけどさ、やつらから謝罪があるわけもなく、謝罪されたところで、治りもしない。だいたい、マスクも消毒液もMade in Chinaって書いてあったりするのが現状なわけじゃないか…。じゃあこの騒動はもっとえげつないことをするための準備なのではないか、と思えて恐ろしい。テロは成功させるために、リハーサルに余念がないらしい。サリンだってそうだった。あくまでMade in Chinaだった場合は、という話だ。

雑記

ココナッツミルクの缶詰売ってた。たまに行くお店にしれっとあったので、そのまま買って帰り、さっそくハナマサのタイカレールー第三ラウンド、開幕からティー・ソーク。後日、他の店でも売ってるのを見かけて、そんな入手困難な物でもなかったと判明。そもそもココナッツミルクを見るのが初めてなので、どんなものか興味津々でもある。ずっしりした缶を開くと、白くて木工ボンドみたいにちょっと粘り気がある塊がごろり。スプーンでちょっと削ってペロッと舐めてみると、先日初体験して苦手だったあのアボカドみたいな風味を感じる。不安におののきながら鍋に中身丸ごと入れるべく缶をひっくり返す、すると底のほうから水分も出てきて、全部鍋に吸い込まれて行く。どんぶらこ。

これに先立って鷹の爪を二本ほど追加して入れておいたのだけど…その後完成したカレーを食べてもあんまり辛くない。また、ネットのレシピでは仕上げにナンプラーを入れるという情報があり、これも今回試した。これは、たいぶしょっぱくなった。香りが立つにはもっと違う作り方をするんだと思う。やはり、ハーブの類をゴンゴンぶっこまないとあの香りにはならない。あの、と言ってもお気に入りのヤマモリの製品しか知らないんですけどね、タイカレー。カップヌードルになかった?食べた気がするな。

もともとがねっちょり濃いペースト状のカレーを好むので、今回作ったものも例にもれず濃ゆい。ココナッツミルクの風味があるかと言われれば、さすがにあるような、でもこれだ!というほどは、無いような。正直なところ「ねっとりした緑がかった灰色っぽい煮物」になった。むしろカレーとは縁遠いぐらいで、シチューに近いのでは。香辛料の感じが全くない。ご飯にかけて食べる気にはならず。でも、普段もご飯にかけずに食べるほうが多いからこれはこれでいい。タケノコも細切りのが無かったので、円錐を縦半分にしたような感じで売られているアレを、適当に切って入れた。これは大正解で、細切り商品より断然おいしい。国産の高いのにした甲斐があった。

総じてココナッツミルクを使う価値があったか微妙なものが出来上がったけど、さすがにマイナス要素にはなってないか?水とカレールーで作ったものに比べて、でろでろりと濃厚な感じになる。代わりに、カレーっぽさがなくなった。辛みがほとんど無かった件も含めて、ド単純にココナッツミルクが多すぎだろう。余らせても使い道ないから最初から一遍に全部消費するつもりではあったのだが、限度を超えたかな…味見もなかったもんな。再度の結論ではあるけど、ヤマモリのレトルトカレーのほうが断然うまい。今後こちらを頂くことにする。自宅で作るカレーはジャワカレーの辛口をって、ヤマモリからもグリーンカレールーが売られてとるやないかーい!もちろんこちらも試そう。ルーで売ってるなら、香りのするハーブの葉っぱとかはそのままの形では入ってないだろうなあ。どうなんだろ、期待通りの味なのか疑問が残る。

ところで、現在(2020年10月)タイの政治事情を調べると、揉めに揉めており、とてもスパイスの効いた香ばしいお話になっています。ああいうの見ると、うちらの御上はうまくやっとんなと。

一つ、サイズ大きめのゴミを処分し、さらにもう一つ処分のめどがついた。その分空いたスペースをどうするか考えて…いろいろ移動してはめ込んでみたりしている。一人暮らしおっさんにしては、荷物は多いほうなのであれこれ捨てないとなぁといういつもの逡巡。例えば、「一週間で引っ越せねばならない!!」なんてことになったとする。その時に、「前もって捨てておけば良かった」と後悔する自分を想像すれば、要らん物の処分に迷いがなくなる。これはどこかで見かけたアドバイス、まさにその通りだと思う。どんなものでも、「捨てなきゃ良かった」という後悔も当然あるところ、このケースには最悪もう一度買うという手段もある。

部屋にあるけど使ってないもの全てが、捨てるには勿体ないという理由だけで置いてある。あるタイミングで面倒くさくて全部捨てる。なんか間抜けだよな。もっと普段からこまめに処分するのが良いに決まってる。普段から決められたゴミの分別もするし、不法な投棄もしない良心ぐらいは持っておるというなら、ネットで売るとか、ただのゴミにならないための手段をもっと活用するのが善良な現代市民というわけだよなあ。フリーマーケットって今はもうどこもやらなくなった。ネットで売れるんだもんな。となれば、自分は何につけてもただただ、めんどくせえから放っておいてるというのが明らかになった。もぅまぢムリ。

自分は今までにそんなに多くの自治体に住んだことがあるわけではないですが…どこに住んでも、粗大ごみ処分はもうちょっとサクッとできるようにならんかなと思ってしまう。そこらの回収業者のほうが倍以上高いけど断然早い。流しで軽トラを転がしている業者にお願いしたこともある…筈。隣が頼んでいたのを見て声をかけた、とかそんなのだったかな、あまり覚えていない。でもね、どうせ処分にお金払うなら、業者に払うよりは自治体に払ったほうが良いんじゃないか?って思うのもあって、ずっと自治体の手続きに沿って処分している。自治体のほうが少々やすいもんね。でも、急な引っ越しなんかは自治体の回収では全く対応できない。特に今年は世相もあって、予約日が一か月以上先になってしまう。

壁紙を傷つけてしまいへこたれる。何か棒のようなもので押し付けたような、L字のへこみが残った。

いまだに、洗濯機買い替えの決断がつかない。選択肢もそう多くないんだから、さっさと買えば良いのだが。

野菜のスライサーを買った。薄切り以外にも、千切りとかツマみたいな細長い形に切れるやつ。これから冬だってのにサラダが捗るもの買ってる。

かぼちゃの煮つけをレシピ通りに作ろうとするも、砂糖の量にビビッて分量半分に。それでも甘くて甘くて。

家事の話ばかりしてる。