「世界金玉考」を読んだ
きんたま。男性器の一部である睾丸の一般的(?)な呼称である金玉についての著作。
著者はもともと雑誌編集者。書庫にこもって、また足で稼いで、どこかで聞きかじったような断片的な情報から専門的な知見まで幅広く収められている。例えば、「こんな急所がなぜ体外に露出しているのか?」という疑問がある。しかしながら、受胎して人間のかたちづくりの初期段階においては、金玉なんてものは存在しない。雄という情報が決定されてなお、すぐに金玉が登場するわけではないというのだ!そもそもどういう経緯で露出してくるのか。これは母の胎内で過ごしているうちに、体内からまたぐらに徐々に「降りて」くるのだという。へええええ。確かに、受精した細胞が最初から人間型のわけもなく、次第に人間っぽく形作られていくわけなんだけど、金玉が所定の位置に収まるのも、その一環と言うわけか。ところが、一部の哺乳類は金玉が体内にあるという…例えばゾウ。この違いはどういうことか。われわれ人類の金玉は何か理由があって外に出ているものと考えられるが、中に納まっている生き物とはどんな事情があって分かれているのだろうか。
などなど、真面目に読むと大変に興味深い一冊。
金玉について興味深いという態度を見せるのは男性が主なんじゃないか。女性だって金玉を目撃したり触れたりする機会もあるかもしれんけど、そんな興味を持つことがないだろう。例えば男性が女性の乳房に示すようなベクトルでの興味が、女性から男性の金玉に向けられることはないと思う。😳「ウホッいい金玉」なんて無いよな…。…。…あったりするんでしょうか…?念のため付け加えると、ここでいう金玉は男性器全般をさしているわけではなく、睾丸(ビジュアル的には陰嚢が正しいかな)のことですよ?
ただ、興味深いという態度を取ったところで、一般人には所詮雑学の域を出ない。金玉の知識が必要だったんだよな~って人もまた、おらんのよ。ところが、著者の集めてくる情報はなんにせよ金玉に関係するものなら何でもおkと言うレンジの広さで、ドイツ人の金玉ジョークから二・二六事件、「たんたんたぬきのきんたまは~♪」さらには宦官、カストラートの話題にまで及ぶ。俺は一体何の書を読んでいるんだ、という心地にもなる。しかし、どこか身近な事件に思える。
それだけ金玉は、男性の人生には密接なものだということだ。「たんたんたぬき」の歌も男女で認知度に差がありそう。金玉は男性しか持ってないとはいえ、目とか指と同じ主要なものなんだと。さて。人間に置かれましてはこの状況に不具合を訴える個体が出てまいりました。本書には、前述のように受胎後に性別が分化する仕組みにも触れられているが、その過程において何かがうまくいかず、金玉の有無だけでは雄雌を二分しかねる状況も科学的に存在するようだ。いわゆる性同一性障害がこれにあたるらしい。単に性行為の嗜好でウホッ😳しているというわけでは無いと。外形的な特徴と、内面の自認やらがどこかズレた状態で成長することがありえる。なるほど。
自分はいわゆるLGBT活動に詳しいわけでも興味があるわけでもないので、上記のような話を読んでも、ふーん、ぐらいの感想に留まる。例の(賑わいトピックと言う意味で)炎上したトイレも、誰にメリットがある見込みだったんだか、なかなか理解が追いつかない。例えばホテルの部屋に男性用女性用がないみたいに、トイレの間口を一緒にしても平気なんじゃないかという発想かな。どのみち、”そうでない”人への配慮がなかったらどちらの立場からも不便なんじゃないか。なお、そのトイレ、ネットで調べたら後追いで仕切りが出来たり、警備員の方が現地でいろいろ案内対応する事態になっているらしい。落語やん。
肌の色数種、大きな宗教数種ぐらいで情報取り扱い注意のホモォサピエンスが、性別って200色あんねんと言っても、じっさい無理があるのではないか。金玉の有無、f(x,y)のbooleanぐらいがお前らのおつむ限界だというDNAからのご神託。確かに存在すると考えられている四次元を、普通の人は素直なビジュアルで捉えられないように、性別という仕組みの存在理由を解明するのは人間には無理なのかもしれない。
つまり、そもそもなんで分かれるのか。多様性による生存確率上昇を期待している?雄と雌に分かれると、とたんに爬虫類が厳冬を生き延びたりするの?そんなことない。種の生存って、どんな事態を想定して生存確率を上げようという備えなんだろう。あるいは何か狙いがあるわけでもなく、ただただ意図的に仕込まれたランダム要素、たまたまツイてるほうだけ生き延びたりするんだろうか。
2点。
なお、これは子供の頃にテレビで見た、デーブ・スペクターのジョークです。