どくしょかんそうぶん

「マイ・ウェイ」を読んだ

ドキュメンタルにのそっと参加していた。特に大きな見せ場もなかったあのハチミツ二郎ってオッサン誰だろう?そんなイメージの人も多いんだろう。かくいう自分も、その名前を久しぶりに耳にしたのは、自身の手術がうまくいかず「THE SECOND」の初戦が不戦敗に終わったというニュースだった。その後、「THE SECOND」にて対戦するはずだった金属バットとの埋め合わせ的なイベントが決定するも、自身の体調問題により延期となる。おいおい大丈夫かね。居ても立っても居られずに、本書を電子で手にする。

この…少し前。ハチミツ次郎の日記がnoteに公開されていた。コロナに感染以降、病状は悪化していること、離婚して娘と暮らしていること。日付にして1~2年ほど前のものだが、ずいぶんと細かく残されていて読みごたえがある。量もあるのでnoteの日記を読み切らないうちに、本書を読み始めることになった。「君バツイチらしいね?」「とっくにバツニだよ!」

https://note.com/hjnote888/

大人は若い人間が好きだ。モモ肉に臭みがないから年老いてからは若いころの(都合の良い部分だけの)思い出が色めき、年の離れた若い人との会話が若さの追体験みたいで、それだけで興味深い。話が合わないのが面白い。そう思う一方で、自分が若いころを振り返れば、さほど親しくもないのに親ほど年の離れた人物との会話なんて、めんどくせえと思った。軽くあしらうわけにもいかないが、慇懃無礼に応じるには腹立たしい場面だってある。流行りものの話になれば、おっさんの若い頃にも同じようなのが流行ったと”得意げ”に言いだす。これは実際にそうである事が多いんだけど、そりゃ若い時分にはなんでも新しいんだから、人類n度目の流行であっても実感するわけがない。子供の頃から、大きくなればわかると言われ、大人になったらおっさんになったらわかると言われる。人生って奥深いですねえ、なんて飲み込めるかどうかは…言われた相手に依るんだろう。子供の頃は架空のヒーローに、若者になれば何かこう憧れの人物に、その人生に、自分の理想を重ねてみるもんだ。そんな相手に言われれば、半分出まかせ半分コピペの人生訓だって、印象が違う。

自分が実際にそんな風に煙たがられがちな歳になって、「若者は」「おっさんは」「おばはんは」という枕詞が、細やかな物語を艶やか全開下品の趣に塗りたくる事も、また霧中に掲げる傘の重さにお気持ちが押し黙る事も、そのロジックがよくわかるようになtt…わかるように――?どうかな。自分の人生には、そんな時に思い出して語らったりする味わい深い物語に乏しい。自分に憧れています!なんて人もおらんわのよさ。

若者に限らずとも、芸人や音楽家なんて存在は、彼ら自身の若いころの下積み物語に興味がわく。代替の人にとっては、少なくとも自分とは全く違った道を歩んでいると映るからだ。本書の内容も、昔からのハチミツ二郎ファンなら知っているような内容が多いのかもしれないけど、若き日のハチミツ二郎と他の芸人との思い出話なんかも豊富に綴られていて興味深い。そんな語りに、立川談志の名前が出てきた。また出てきたよ家元。M-1の審査員とかもやったから、漫才をの舞台に立つ芸人ならば、挨拶ぐらいしたことあるんだろうか。また家元は気まぐれな人という印象だ。若手と一席を共にして、おちょくって遊んだり、また逆にお墨付きを与えたりなんて事をやっていたんだろうか?それにしたってどこか認めるものが無ければ、わざわざ声をかけて誘ったりはせんだろう。そうしてお眼鏡にかなったのが、上岡龍太郎、ビートたけし、爆笑問題、東京ダイナマイト、おぎやはぎ、パックンマックンのパトリックのほう。

家元の話はおいといて。

当然と言ってはおかしいのかもしれないが…裏事情や揉め事も赤裸々に描かれている。キーとなる人物の名前が出なかったり、本書中で触れられる男性芸能人の名前が三●又●というふうに、素人目には全く皆目見当がつかない芸術的な伏字になっていたりする。いやあ誰なんだろう。本当の最後まで伏字のままの人物が実際誰の事だか気になってしょうがない。下衆である。知ったところで顔もわかるまい。裏話が面白いのはよくある話だけど、そこを求めて本書を買ってない、というテイを貫くつもりだったんだけどな。そして著者のプライベートも赤裸々に。そのへんについては、先にリンクしたnoteのほうが詳しいが、本書もnoteの内容に繋がるような激しくもしんみりとしたエピソード。

良く言われることに「人生は選択の連続」というのがある。自分の続けてきた選択がいわばマイ・ウェイとなる。陳腐な言い回しにしか聞こえないけど、誰の人生だってそういう見方で評価が可能だ。それは採点するという意味ではなく、検証というニュアンスでの評価。あの時は追い詰められていたとか選択が無かったとか、嘘偽りなくそうだったとしても、後で振り返ると別の道が発見されることもよくある。本当に選ぶべき選択肢はもうちょっと前にあった、とかね。

実際は何一つ巻き戻すことなんてできない。でも歳を取れば、若い頃と同じ課題にどこかでぶち当たる事がある。その課題の先に待っている屈辱も誉れもテヘペロも、2回目ならきっとマシな選択を取る事ができるんじゃないか。二度目のバツに備える。そんな憶測程度の目論見でも今後の希望にできるんだったら、振り返るのは他人の人生でも良いんじゃないか?それが人の世にいう物語ってやつじゃないか。文化とか社会性。では、誰の物語を選んで読むべきか。そう、ハチミツ二郎!!…そんなわけないよね。でもな、何十何百何億と物語を手に取ればその中のどこかには…人に届く物語がある。心に届くのではなく、こんにちの現実にお届けできる物語が、ある。

正直な話、若い人が本書を手に取る理由はあんまりない。でも、選択肢の多さが豊かさ、安らかさに繋がると考えるんだったら、こんな物語を読んでみても良いんじゃない?大人になればわかる物語を、ちょっとだけ背伸びして覗いてみるのだ。ハチミツ二郎があなたのヒーローじゃなくたっていい。貴方以外の人生もまた貴方だと感じることがあれば、道は増えていく。伸びて交わり、明かりが灯る。


…だからって小学生に読ませる本でもないけどね。やっぱ上京してきた若人とかが読むと良いとおもいま~。

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