テキトーすぎるだろ。
「将来は何になりたいの?」という問いかけは子供の頃から実に苦痛で、夢を語れば良いのか、自分の知る限りで一番のオイシイ商売でも語ればいいのか、何にしろ判断はできなかったので困惑した。職業が違うと何が違うのかわからなかった。「あそこの派出所のお巡りさんって、”$&$のお父さんなんだってー!」「えー!すげー!」・・・で?
クソ田舎。社会の荒波はやや勢いを弱めて押し寄せては来ただろうが、そこに慈愛はなく、容赦なく飲み込まれていく人たちが居た筈だが、子供にはわからない。誰でも仕事があって、それで暮らしていける。選ぶのは自由。そんな風に思っていた。何になりたい?なんだっていいじゃん、それなら。面白そう、とか、楽しそうなものになりたがるものなんだろう。放って置いても背が伸びる子供には、何か一つを選択する意味がわからなかった。背よりも体重が育った。うるせえよ。やがて高校生に、そして大学生になり、街を離れる。大学で専攻が違うと何が違うのか、わからなかった。
今に至る。この間、十余年。さて、どうやって生きていくのかということを真剣に問うたことは・・・なくもない。その度にわからん、とか、なんでもいいか、とかで納得させてきた。目指すべき人生はまったくわからない。ただ、暮らしむきとでも言うのかな、ライフスタイルとして憧れたものが統一性もなくもそもそと頭の隅に鎮座していたんだが、かなわぬ夢と悟ったか、消えていってしまった。要らないものを処分していたら、何もなくなりました。
24歳ぐらいのころかな。家賃払えないなあ、ということを計算した後に、思いついたことは、もうどうでもいいや、だった。賃貸一ヶ月ぐらいで人生投げてられないのだが、何もわからず生きているので、投げ捨てるにもきっかけがいるのでありました。捨てに行くのが面倒なので捨てませんでした、と。地蔵にでもなるのか俺は。地蔵宅に家賃催促のお電話など頂きまして、何とか暮らしていく手段を確保したりして。またそこにも居られなくなったりしまして。まあいいやと。よくねーよ。
いいかげん、自分の人生にぐらい興味を持ちましょう。どうにでもなる!という意思はポジティブで健康ですが、覚悟もなく、どうにでもなれ、というのは、やはり病んでおります。イシャはどこだ!真摯に生きることとの違いがわかるようになりました。真面目に責任を果たし、真面目に堕落して、真面目に嘘をついたり陳謝したりすると致しましょう。
具体的には何もありません。