「スポットライト 世紀のスクープ」を観た

原題は”Spotlight”。良作でした。こういうマイナーな作品でも見れるからAmazonプライムさんは本当にありがたい、と思って調べたらアカデミー作品賞に輝く有名作品でしたのよ奥様。ヲホホ。カトリック教会が隠し続けた神父の性犯罪を、新聞記者が記事にする話。実話がもとになっている。

教会という施設には、縁がない。ご近所にあるし、外出すれば時折そのかたちを目にするんだけども、やはり縁がない。街中で見かけるものは、何か少し特徴的な造りの如何にも教会でございという建物がある一方、貸事務所みたいなところが教会になっていたりもする。日常的に人々が教会に集まる文化を持つような国でも、都市部でそういうのあるんだろうか。教会の要件なんぞ考えても思い当たらないが、人々が集えばそれで良いぐらいの感じかな。あとは神父なり司祭なりがいればさ。

キリスト者は毎週日曜に教会の礼拝に参加するんですってよ奥様。日本で目にする街角の教会にも、そのような告知が掲げられているのを目にすることがある。日時と、「お題」が書いてある。聖書のエピソードを神父が語るのかな。最近は日曜日の礼拝をyoutubeで配信しているところもある。配信をちらりと眺めたこともあるが、遠くからのカメラでややぼけた画質で配信されていたが、それは個人情報的な事情もあるか。宗教的なアイコンがはっきりとは見えなくても、なんとなく教会だろうなあと思える日曜日の朝の景色、称えよとばかりに眩く光が降り注ぐ。

光の降り注ぐ日に、おっさんが一人でいても不自然ではなく、小部屋があり、子供が一人でいても不思議ではないところ…。

神父というのは子供にとってどういう存在なのか、自分にはまったくピンとこない。作中では、子供にとっては学校の先生みたいな、憧れを持つ対象だったように描かれている。この”作中の子供”というのは、事件の被害者だ。神父だから贖えなかったというようなセリフもあった。

本作では(つまりは実際の出来事としても)、新聞社の取材により教会が組織的な隠ぺいを行っていたことが明るみに出る。記事が出ると、他にも被害を訴える人々が名乗り出て、称えよとばかりに眩い光の矢が降り注ぎ、大炎上する。そう、確かに大炎上したというのに…。

主は言われた、「もしソドムで町の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」。

アブラハムは答えて言った、「わたしはちり灰に過ぎませんが、あえてわが主に申します。

もし五十人の正しい者のうち五人欠けたなら、その五人欠けたために町を全く滅ぼされますか」。主は言われた、「もしそこに四十五人いたら、滅ぼさないであろう」。

アブラハムはまた重ねて主に言った、「もしそこに四十人いたら」。主は言われた、「その四十人のために、これをしないであろう」。

アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしは申します。もしそこに三十人いたら」。主は言われた、「そこに三十人いたら、これをしないであろう」。

アブラハムは言った、「いまわたしはあえてわが主に申します。もしそこに二十人いたら」。主は言われた、「わたしはその二十人のために滅ぼさないであろう」。

アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。

https://www.wordproject.org/bibles/jp/01/18.htm

しかし、十人も必要ではなかった。子供たちが教会に集う日曜日、神はお休みだったのだ。神父はそれを見て良しとされ、ちんぽを出した。

志村さんどうぞう

東村山市に、亡くなった志村けんの銅像が出来るらしい。

人気もあった。他に東村山市に縁のある著名人と言われても出てこないし、東村山市にはすでに「志村けんの木」なるものまであるから、クレームもないだろう。費用については、クラウドファインディング的な手法で賄われるようで、2700万円以上集まったそうです。たけーーーーって誰でも思うだろうけども、きっといろいろあるんでございましょう。制作後も、メンテナンスや、数年後に改築になる東村山駅構内への移転に費用が見込まれるようです。税金で作ったら反対もされるだろうから、ファンにとってはこれで良かったんじゃないですかね。兄も反対してないようだし、志村けんは独身だったから子供も婦人もいない。仮に反対意見があったとしても、その意見をものすごく尊重せねばならないような人物はいなそうだ、ぐらいの計算はあったんじゃないかな。

話が大きくなると、儲け話にしようと思ってしゃしゃり出るようなやつ、おりますね、必ず。子供を自称するやつとか大丈夫か?それも表立っては揉めてはないから大丈夫そう。ああ、でも、そういう輩が出てくるとしたら、むしろこれからの話かなあ。こんなジョークを聞いたことないか。浅草の売れないベテラン芸人が「俺はビートたけしとは仲良しでさー」なんて吹いているところへ本人が登場したら、目も合わせられないって。

銅像作っている会社によるお値段感。https://www.kurotani.jp/publics/index/79/

ところで具体的なデザインは決まってるんだろうか。故人である志村けんを偲び、また後世に知らしめるビジュアルイメージとはどういうものだろう。自分は「髭ダンス」の映像と、髪を伸ばして後ろで結わえていた頃を思い起こす。みなさまはどうだろう?ほかにも印象深いのがある。でも、バカ殿みたいなのはちょっと銅像にするには趣向が違うんではないか。同様に、変なおじさんも違うかなーと思う。クセが強いぃ。

答えをgoogle先生に求めるとすればこれは単純な話で「志村けん」で画像検索をする。すると…初老の男性の姿という感じの。こんな感じだろう。まーー無難なものができるだろう。セクハラコントでみんな爆笑していた時代を連想させないような、腰元おっぱいを連想させないような、T代Mさしを連想させないようなもんができることでしょう。それで正解だと思う。自分だって担当者になったらそうすると思う。銅像としての相応しさを探し求めて、なんとなく「有難いな~~~懐かしいな~~~」と思えるものを作ると思う。

仏像かよ。

でも、女優にカンチョーしてニヤニヤしている助平な志村を、忘れたくはないのよ。

イルカと銅像の動画があったらオチにするかと思ったけど、見つからなかった。あれって志村だっけ?イルカの着ぐるみ着て「いるか?」とドアをノックする。中から、銅像の着ぐるみで「どーぞー」って答える。