「市民ケーン」を観た

成金が女でコケました、というお話。あらまざっくり。このぐらい古い映画(1941年公開)だと何度も見かけて飽き飽きするようなパターンの展開だとか、そういうレビュー好きな人たちの言う”クリシェ”のようなもの…そもそもの起源であったりする可能性まであり得る。「あーよく見かけるあれですか」というような素直で生意気な印象をレビューとして書き記してよいものか躊躇する。「いやいや世界初ですから」なんて突っ込まれてしまったりしてね、ほらわたくし小市民だから~。ぬほほ。

などと。何か多作との類似点探しに終始するほど退屈だったわけではないもんでぇ。世に曰く、こちらは映画史上屈指の名作という声もあるとのことらしい。勿論というべきだろうか、2019年に初めて観た自分はそういう印象は受けなかった。具体的にこれは凄い!みたいなものがなかった。この作品の公開当時はずいぶんと業界内から批評されたようで、そういう点から逆にたどってみると…傑作という評価に値することもまた、真実味がある。でも自分にはこんな古い映画での撮影技法の話を並べられてもピンとこないし、演技がどうこうもこれといって。豚に真珠。誰が豚だよ。

原題も「Citizen Kane」であるからには、市民のケーンさんであってる。「市民」というところが本作の鍵であるのかもしれないが、これまた2019年の日本に生きる自分には、あまり馴染まない意味合いが込められているかもしれない。作中では、親がたまたま財産を得て、自身は新聞社を経営して大当たり、大統領の親族と婚姻する。この筋書きにあたり、主人公は市民だと言って、特に違和感は覚えない。ケーン氏と同じように成功を収めたとされる実在の人物をモデルにしているとの事だが、そこに何か込められた意図はあるだろうか。

これが「軍属民ケーン」だったら、ほかに活躍の場があったようだ。「原住民ケーン」だったらどうか。まだアメリカになっていないアラスカとハワイでも題材になるだろうか。「江沢民ケーン」だとエスエフかと思ったら1941年だと江沢民は15歳だから何かあるかもしれない。つーかお前存命だったのかよ。「方幹民ケーン」だとさすがにwikipediaあたりから民で終わる人名を拾ってきたとバレますよ申し訳ありませんでした。

とあるメリケンのボスの、「人民の(以下略)」という有名な演説がある。この演説を教科書が紹介するには、peopleを「人民」と訳していた。citizen=市民とはなんなのか。真面目に考察とかするわけもないですが、我々が持つ漠然としたイメージ、それがこの作品そのものである可能性もある。

なお、アメリカ映画なのに銃で人が死なないのはとても奇怪なことであり、叙述トリックの起源となった可能性があります。2019年より東京都民がお伝えする感想は以上ですへんしゅーちょー。

“MILE MILE & a HALF”を観た

ハイキングで大自然映え~。

という様子を撮影した、ロードムービーっていうんでしょうか。実に平和で穏やかな作品。どこぞの元軍人みたいに、食料探して芋虫を食う(Good protein!)とか災害に巻き込まれるとかないです。これで自然保護とか人間の罪とか言い出した暁には、やかましいわと罵って石でも投げつけたろというものですが、そういう余計な要素なし。実に視聴が快適であります。

ただ行程映像を垂れ流すんじゃなく、後日談としてのインタビューも豊富で、旅日記を読み返している感覚。登場人物が楽しんでいるなあって様子がビシビシ伝わってくる。アウトドアなんぞ行かないのにGOproが欲しくなる!

良いです。実に実に、良いです。梅雨の通勤電車にキレそうになったらこれで浄化しましょう。

「犬神家の一族」を観た

もちのろんでネタバレ。

この作品を知らない人でもみんな知っている、スケキヨという名前と、顔面のビジュアル、湖から足の生えた場面。あー、これかって。物語は真犯人を探すといういかにもなサスペンス。なかなかに複雑な話で面白い。とは言え、ビックリするような展開にはならんのだけどね。一番の見せ場は若き日の石坂浩二。あの和装がずいぶんと似合う。いい仕事してますね~。

作中でも金田一が明かしたように、偶然が重なっている点がこの事件の不可解なところに繋がっている。しかし、ただ全部偶然でした、では面白くもなんともない。どころか、ストーリーとしてそれはアリなのか?と誹られることすらあろう。それを必然である事情に染めるべく練られた筋書き。…という筈なのだが、いまいち驚きはなかった。仮面の中身が入れ替わっている、なんて単純なトリックだものね。ざっくりといえば、詰まらなくはなかった。そこそこでした。という印象。

なんか適当な感想文だ。HAHAHA何をいまさら。

「いまさらですがソ連邦」を読んだ

ソビエトロシアでは、本がkindleを読む!

ソ連は20世紀を振り返ろうとすれば、その物語に欠かせない国家であります。クッソ広い国土から集められた軍隊がアメリカとドンパチやっていた、というざっくりしたイメージ。昭和生まれの自分には、ちょくちょく漁船が拿捕されたというニュースとチェルノブイリ原発事故の記憶があります。ところで今、「ゴルバチョフ書記長」を噛まないで言えるか試したらサラッと言えた。あれれ。なお、実際のところアメリカとは直接ドンパチしてはないと思うが、どうだろか。

国家の歴史は1922年から1991年と、世界史年表で見たらちょろっとした帯の長さである…しかし前述の通りアメリカとの競争や、日本との関りでもわが国民には印象深い。今現在も、領土問題で揉めているではないか。ロシアの戦闘機が、年に何度領空侵犯してくるかお調べになるとよろしい。祖父はシベリアを生き延びた。日本もバチバチやっているんですわ。あんな麻布の坂の上に大使館建てやがって面白くねーわ聞いてるかプーチンゴルァ。あそこは日本国の警官が常駐しているようで、いつ通りかかっても物々しい。

…という、ソ連邦の歴史をふむふむと読むことが出来る本書。手書きの文字と豊富なイラストを使ってて、所々で旅日記的な風情がある。全体的に軽いテイストで良い。ただ、iPhoneのkindleで読むには厳しいサイズ感なのが残念。本書では、いかにもなイメージ通りのソ連の、またそれが事実上は、共産主義国家を代表するものとしてのソ連を描いてる。国家の興りから、クーデターによる消失まで。その内情たるや、改ざんされるづけるドキュメント、働かない労働者、移動の自由が制限された国民、空っぽのマーケット、気合の入ったプロバガンダ、スターリン主義、飢饉で逃亡する農民、粛清により姿を消した人々…。もう無茶苦茶だ。そのなかで、世が世なら、北海道はソ連邦領土になっていたという事実。スターリンはその気満々だったんではないか。仮にそうなっていたとして、沖縄みたいに後年返還され得ただろうか?北方領土はいまだに返ってきません。いうて、米軍基地がなくなる未来も考えにくいけど。

現地ソビエトロシアに於いても、このような時代を体験した人々の数は減っているだろう。人の命に限りある限り当然である。日本における戦中生まれもいずれはみな世を去る。wikipediaやらのインターネットに残った情報で、事実関係を知ることは難しくないと予想されている。その時のテンションというか、我々ひとりひとりが感じる空気感?みたいなものは、仮にTwitterのようなものの情報をすり合わればどうにか伝わるだろうか。我々が今後生きるにあたりては、このような”歴史書”から少しでも学び、役立つことがあれば良いなあと思う。

インターネットこそ改ざんされ続けるドキュメントでは?といわればそれもそうなのですが、インターナショナルよりましだ、ということで。真実は一つにあらず、無限というならそれを追求するまで。万国のインターネット者よ、団結せよ!トウキョウジャパンでは、インターネットがインターネットする!

「雨に唄えば」を観た

見終わって、さて本作の公開年はいつだろうかとググってどーん。1952年。サンフランシスコ講和条約が1951年でありますよ。吉田茂がブイブイ言わせていたころですよ!これだから戦勝国は!みたいな噛みつき方をしようとも、1952年の日本でも宝塚歌劇団が営業しているし、世界の黒澤もブイブイ映画を作っているのでありました。羅生門が1950年発表。まあとにかくも、歴史的な作品というわけです。しかしフルカラーなのは当時から?昨今の技術によるもの?モノクロのイメージがあったんだけど、どこでそんなイメージがついたものだろうか。

ミュージカルということも知らなかったので、とにかく賑々しいではないですか。BGMに合わせて人が動くということだけで新鮮。どうにも縁遠い世界。作品の中でも、ブロードウェイがブイブイいわしているような事を歌っていた。ああ実際そうなんだろう、1952年のニューヨークというものは。自分にはターミネーターやブレードランナーみたいな、実際には人類の歴史に登場していない世界のほうが”見慣れている”世界に思えてくる。同年、第一回のミス・ユニバースが開催されている。優勝者の顔も若い乙女の祭典というイメージにマッチしない。写真の一枚だけで語ってもしゃーないか。

本作は出演者が良く動く。歌って踊る。踊りはどう見ても本人、歌も本人だと思う。吹き替えで他人だったら面白い。作中、声がひどいということで吹き替えという当時としてはド斬新な発想に至る、というのが物語のクライマックスとなるんだが、それで実際の制作現場も吹き替えなのかーいって。ああ、「天使にラブソングを」でもあの内気なシスターの歌が作品で唯一の吹き替えだと知って仰天した…という個人的なエピソードはみなさんにどんだけ縁遠いでしょうかー。

地球の裏に及ぶ遠さが、一番有名なあのシーンで一つ、縮まる思いがする。何かのきっかけで、雨が降っている中を歩くだけで楽しさを覚えるようなこと、ある。歌って踊ってなんてことは流石にないけれど、湿った風のにおいやすれ違う車のタイヤの音とか、どういうわけか快いときがある。この作品もようわからんが陽気なバイブスで人々が踊っておられるなあ、というのを鑑賞する心地よさ。どう表現していいかわからないがなんとも上品なノリの良さで、思った以上に観てて楽しかった。

トウキョウジャパンの十連休は雨が多い。今上の帝やらシンゾーが珍しいことするからこうなるのだが、まてまて自分がミュージカル映画など観たせいかもしれない。これは自分が降らせた雨と、ポジテブなバイブスでお外に出ようぞ。小一時間後には自分を恨んでそうなあたりが俗物。ヲホホ。噂にたがわぬ良作でございました。