せいか

新たな勤務地への通勤に関して。「あゝ一日が23時間になってしまった」など18世紀の詩人みたいな嘆き方[要出典]をしてみたものだが、思いのほか苦になっていない。

何日か通勤してみて気付いたが、住宅地と大きなマンションの近くを通ることで、ここ数年の日常ではあまり目にしなかった光景が目に入る。遅刻ギリギリで学校に全力の疾走をする中学生、小学校を終えた子供らが家の周りでぎゃいぎゃいの騒いで遊んでいる様、まるで市場のセリのように一斉に保育園から子供を引き取って散っていく親御さんたち。例年にない早さの梅雨明けにより、不安視していた天候にも恵まれ、何か楽しんでいる。

何よりも、空が明るい。見上げれば、空がある。長い残業が無ければ、夕暮れにうっすらと染まっていく空を見ながらの帰路。これだけの事が新鮮に思えるとは。通勤時にも全力の青空。たったこれだけの事が…。歩きながら何かが効率的にできるものでもないので、毎日のように音楽を聴きながら歩いている…というのも15年ぶりぐらいなんじゃないか。楽しいなあ。仕事は炎上しかk…..

とは言え、やはり、「今のところは」といった言い回しになる。例えばちょっと体調が良くないな、なんていう時に何にせよ距離があるというのは不安ではある。いや、そんな何キロもあるわけではないんですけども。
飽きたらまた遠くてだるいふざけんな、しか言わなくなる。クッソ暑いし。今までより早起き必要だし。

これが少しでも楽しいと思える期間が長い事を願う。通うだけで電車に飛び込みたくなんるなんてまっぴらごめんだ。そして今度はもっと近い場所になることを強く願う。あーでも、乗り換えが一回で済むのは遠くても苦にならない主要な要因かもなー。

今年はグレープフルーツ不作なんだろうか、まだ美味しいのが見つからない。

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