どくしょかんそうぶん

失踪日記2を読んだ。

「失踪日記」という漫画があって、これは間違いなく傑作なのです。漫画家の吾妻ひでお氏の作品で、失踪してホームレス暮らし→警察に保護される、とか、失踪後ガス関係の設備会社で現場作業員として働いたり、といったエクストリーム日記である…。公式サイトによると30万部売れたらしい。自分も作者の素性など全く知らないがお勧めされるままによんだ一人であり、その暮らしを堪能した。

で…この、続編がこの「失踪日記2」というわけなんだけど、副題に「アル中病棟」とある。著者がアルコール中毒で入院していた時の体験記という内容。絵柄はのほほんとしているが、登場人物は病人と医療スタッフばかり。バラエティ豊かな登場人物で、半閉鎖病棟の身近な異世界を見事に描画しており…うっと真面目な内容検討はしねえんだった。面白かったです^^

「完全失踪マニュアル」なんて本が流行ったのは、自分が高校生の頃だったと思う。同級生がおもしろいよ、とかさらりと言ってのけてビックリしたものだ。当時、筒井康隆を読んで、読書感想文以外で「字の」本を初めて真面目に読んだ、などという自分にはその「失踪」「マニュアル」なんてタイトルの本を読んでみるというのは途方もない発想に思えたのだ。

え、だって、失踪とかしたくならない?

そう言われても「何を言っているんだこいつは」ぐらいの感想だった。しかし呑気だった子供の時代が終わる。こうしておっさんになってしまうまでの間に、そしてこれからもずっと、ある日静かに椅子から立ち上がりそれ以来行方がしれません、と、いったような幕引きに、なんかこう魅力を感じつづけるのがわかる。大事にしていたものを裏切りたくなる…というのとは多分違う。愛着も責務も、すうーっと自分の手からこぼれ落ちたらどんなにか軽くなるだろうかって、夢を見てしまう…。自我とは世界との連結点である。いなくなったことにするだけで、どうにか新しい扉を、とか言い出すとこれは宗教チックになる。

もうちょっとだけ愚鈍というか。はあめんどくせえ、で逃げ出せる、捨てるという私利私欲。セーフティネットなどという議論に注目が集まったりするのは、社会をよりよくするとか、そういう話よりも、自分がそこに身を投じてみたいという関心の方が強いのではないかと思っている。それが簡単にできないから酒や薬で身を滅ばす人が出る。たが、誰もが簡単に投げ出すことでメリットを教授できるというのはまた誤りであろう。

山を降りてもいいというのは、次にまたトライするから。一度しかないなら死ぬもまた…?そこに必要なのはただ、ただ、体を休めて留まれるだけの小屋なのに、人生にそれを得ることができるのは果たしてどれだけの割合なんだろうか。

難しいね。

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